​私の感動した1冊

​1冊の本との出会い、新しい世界が広がる・・・

ピンクの花
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№16
『新版 善と福との実現』
     ~牡鹿の足のように

  安来白鳥支部 豊嶋君子

 私は、当書の第九章“「牝鹿の脚」の話“に特に心惹かれました。牝鹿は高い山登りの際、安全な山の背を前脚が踏み、その脚あとを確実に後脚が踏むという…人間も同じように潜在意識は現在意識の欲する所をぴったりと信じて進まなければならないと説かれています。『そのままに帰ること、そのままに神の生命をわがものとし、神の智慧をわがものとし、神の叡智をそのままに一挙手一投足をまかせ切れば好いのである。』とあり、自我に固執せず神に全托することと理解しました。
 第十一章には、『総ての功徳は皆、神様から来るものである~。』と示されています。現実世界の出来事に憂いながらの日々でも、見渡せば自然からの沢山の恩恵に気づきます。神様から既に与えられている「そのまま」に感謝し祈ることを実践し、牝鹿の脚のように素直にしっかりと前進することを学びました。逸話と共に数々の心に沁みる感動の言葉を頂ける有りがたい一冊です。

 

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№15
『人生を見つめて』
     ~
深く自己を見詰め、人生を見詰める~

宍道支部 山口秀子
 

新型コロナウイルス禍、ロシアのウクライナ侵攻、そして地球温暖化等、私たちを取り巻く環境は、不安、恐怖そのものです。その中で日時計主義で何とか心穏やかに幸せに生活出来本当に有り難いことです。
近年生活が大きく変わり、時間に余裕ができ自分のことを見詰め直し、聖典の拝読と思い開いた一冊です。前回、拝読した時はそれなりの理解でしたが、年齢を重ねた今「新たに生まれる」、そうだと強く思いました。
本書に「何よりも大切なのは、深く自己を見詰め、人生を見詰めて、今までのような、人間の肉体的表層で生きる生き方をやめ、もっと深いところから生きる生活をはじめることである。又、聖典を読むばかりで神想観を怠る者は二輪車が一輪を失ったようなもので、完全にその魂が前進することができないのであると。そして私たちには神の霊がやどっているのですから、神はコトバ即ち想念でありますから、そしてその想念が創造の原動力であるから、私たちはつねに神の起こされたと同じ想念を発想して、それを創造しなければならない。それでこそ神の子なのです。」と。
有り難い生活で今の一瞬をどのように生きるべきか、反省と喜びが湧いてきました。神と共なるが故に一切のこと成し得るのである。今後、皆様の実相を祈り、神様の世界の顕現を祈ります。この度は新生のチャンスを強く感じさせて頂きました。(大和島根R4年11月号)

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№14
『真理の吟唱』
     ~純愛の使命を完うする祈り~

 大田本町 福島美知子

「愛は神より来り、人間を中継放送局として愛を具体化して全世界にある愛を実現し給うのである。(略)愛は憎しみを知らない。光が闇を知らないようにである。(略)愛は怒(いか)らない。(略)愛は失望しない。(略)もし人があなたに背(そむ)くならば、あなたの愛が足りなかったのである。或いは愛が充分あっても、愛の表現が足りなかったのである。愛は表現することによって、そして行動にあらわすことによって愛の使命を完うするのである。(略)愛はひたむきな実践である。実践が欠けている愛は自己欺(ぎ)瞞(まん)である。そこには誠がないのである。(略)今私は神の愛を自己の内に深く感じ、万人を一様に自己のごとく愛することができるのである。神よ、かくの如き大いなる愛を与え給うたことに感謝いたします。」
                   (六七頁)

    すべてのものに通ずる、壮大なる愛だと思いました。
    東京から島根に移って2年半。自然(太陽…日の出や夕日,夕焼け、月、星…流れ星、空や雲、山,川,海、植物、鳥や虫や小動物たち)に囲まれ、身を置いて触れ、駆け回り、暮らして行くうち、此の自然が愛其のものだと思う様になりました。
    神=愛=自然そして私。此のことを本当に実感し確信させて頂きました。自然をいかに自分のうちに取り込み、其れを外に向けて発信し伝えて行くか。心新たに「純愛の使命を完うする祈り」を我がものとしていきたいと思います。

​(大和島根R4年10月号)

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№13
 新版『幸福を招く365章』
     ~神に全托して愉快に楽しく勇敢に~

  高津浜支部 安野 恵美子
 私は父に生長の家を伝えてもらいました。父は子供の頃から病弱で学校も休みがちだったそうです。ある方から『生命の実相』という本を頂き読みました。自分の中に神の生命があり、無限の力があることを知りとても元気になりました。昨年94才で大往生しましたが、病弱だった父が94才まで長生き出来たのは生長の家のおかげと感謝しています。
 父は会社を経営し私も手伝っていました。また、主人も会社を創業し、どちらも繁栄してとても忙しい日々でした。家族も子供が4人と両親とで8人家族になり多用でした。問題も次々とあり、真理の勉強をするようになりました。その頃、出会った本が、『幸福を招く365章』です。その中の158頁に、
 「重荷を負える者よ、われに来れ、われ汝を休ません」責任を神に負わせて、自分は神の子として自由に神の導きのままに活動すればよい……あなたはあなたとしての仕事を楽しく愉快にやれば好いのです。責任は神が持ち給う。神に全托して愉快に楽しく勇敢に。
 という言葉を読んで心がとても楽になりました。それまで自分でどうにかしなければと苦しい思いでしたが、神さまにお任せして、今、出来ることを精一杯明るく愉しくさせて頂こうと思うようになり、心が安心しました。真理の本を読むと心が安らかになり、明るく感謝の気持ちで一杯になります。
 現在4人の子供たちは、それぞれ家庭を持ち独立しました。孫も今年生まれると7人になります。今の私は、自由で、健康で、明るく、楽しく、豊かに大調和して、良い人ばかりに出会い、良い事ばかりがやって来るという幸せな毎日です。これも生長の家のおかげと感謝しています。(大和島根R4年9月号)

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№12
『小さな奇跡』  
~何気ない日常がいかにかけがえのない貴重なものかをわかりやすく説かれている~

塩冶さくら支部 尼幸代


 我々は、平凡な日常を過ごしていると「何か面白いことないだろうか」などとつまらなく感じることもあるかもしれません。しかし、本当につまらないものなのだろうか?この本の中には、その答えになることが、日常生活であったりある物語を例に出してわかりやすく説かれていました。
 中でも、ありがたいことはすでにあるのにそこへ欲望・執着が顔を出し、暴走したときその代償ともいえる境遇へと自分を導くことにもなるという内容が書かれた文章がとても印象に残りました。68頁のサブタイトル「与ひょうの心」という文章です。物語の紹介でしたが、大変高価な錦を折る技術をもった美しいお嫁さんをもらった青年のお話です。当初は純粋に愛し合って夫婦となったのですが、お嫁さんの機織りでできる錦を売って豊かになったとき、青年の欲望・執着が芽生え、痩せてやつれてもうできないというお嫁さんにもっと作るよう要求し、結局お嫁さんが去っていくという物語でした。
これを読むとお嫁さんがいてくれるだけでありがたいと感謝して生活すればこんなことにはならなかったのにと感じますが、これを読んで自らを振り返ったとき改めて平凡でもありがたい日常があると感動します。
 この本の魅力は、難しい内容はなく非常に読みやすく、ほっこりしながら気が付くと、真理が自分の中に浸透していると感じることです。(大和島根R4年8月号)

青い水滴
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№11
『新版生活の智慧365章』
​~その時に必要な言葉が与えられる~

 湖陵支部 中尾朋子

 

 高校の教師だった夫は、退職後、野山を散策したり、短歌や俳句を詠んだり、悠々自適の生活を送っておりましたが、77歳の時、パーキンソン病になり、その後も、大腸癌、大動脈解離、一日数回の導尿を必要とするなど身体が思うように動かなくなりました。
 そんな時、手に取ったのが生長の家の御本です。私が本を購入して帰ると先にすべて読んでいました。そして、日々病が進行して行く中でも、その真理の言葉に救われていたようでした。夫は4年前に亡くなりましたが、私も15年以上の自宅での介護生活の中の心の支えに拝読しておりました。
 特に、熟年者の会で山下教化部長よりご指導頂きました本書の55頁、

 「人間は神の子である、完全である」という真理を暇あらば常に心に唱えよ。真理は非真理よりも無限に強力なのである。やがて、“神の子”らしからぬ一切の不幸、病気、災難等(など)は、それを唱えるすべての人々から姿を消すに相違ないのである。

 夫は谷口雅春先生の「すべての人々」という言葉に常に感動していました。私も若い頃から何度も繰り返し拝読していた御本ですが、90歳を過ぎた今読み返しても、新たな発見と気付きがあります。その時に必要な言葉が与えられるのが、生長の家の御本の素晴らしさだと思います。
 日々生活に心の平和をもたらし、光の方へ導かれる本書。生活に神の子を実践する為に、是非ご一読下さいませ。

(大和島根R4年7月号)
 

かすかなグロー
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№10
『凡庸の唄』  ~心の清涼剤~』

稗原支部 永瀬治子

『凡庸の唄』は総裁谷口雅宣先生の長編詩です。初めてこの本を手にした時、一気に読み終え、深い感動とホッとした安らぎを覚えたことを思い出します。今の社会は目標に向かって頑張り、成果を上げることに価値があると、自他共に求めがちであるように見えます。溢れる情報にいつの間にか擦り込まれた「あるべき姿」に必死にしがみつき、身も心も疲れ果てている人も多いように感じます。『凡庸の唄』はそんな時の心の清涼剤になり得る一冊です。
 "幸せとは
 人・物・事のめぐり合わせに
 価値を見出すこと。
 見出すだけでなく、
 しっかりと味わうこと、
 触れること、
 皆仲間じゃないかと慈しむこと。”(8頁)

    凡庸は時間を大切にする。
 何かをするための時間ではない。
 そこに在るがままの時を味わう。(11頁)

 あとがきにこの唄は「観世音菩薩讃歌」、「大自然讃歌」に続く“人間讃歌”であると書かれています。真理が分かり易い詩の形になった時、言葉(文字)もまた快いエネルギーとなって輝いて見えるものだと、言葉の不思議な力を新たに感じています。皆様にもぜひ座右の書として身近に置かれますことをおすすめします。

(大和島根R4年6月号)

かすかなグロー
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№9 『人生読本』
~とてもわかりやすくて感動しました~

 

城西ピース支部 三原恵美

 私は幼い頃から家族を通して生長の家に触れてきました。青年会に入り、勧められて、光明実践委員とならせていただきました。深く考えてなかったですが、光明実践委員になれば、今までは聞いているだけで良かった誌友会で話す側になると気づきました。生長の家の教えは学んではきましたが、伝えるとなると、はてさてどうしようとなりました。そんな時に「おお!」と感動したのが、『人生読本』です。
 『人生読本』は1項目1ページ以下や多くても数ページと1項目が短く、更にふりがなも付いていて子供でも読めるように判り易く書かれた本です。「生活に生かす」「当たり前のことをする」のが生長の家の教えですので、難しいことを話さねばならないわけではないのだと気付かされ、心が軽くなりました。
 子供に判り易く書かれた本は、当然大人にも判り易いです。「これは子供向けだから」と思わずに読んでみてください。生長の家の教えは、大人でも子供でも変わりません。「あっ!そうか」と気づくことがいっぱいあると思います。(大和島根R4年5月号)

影の壁
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№8 『真理の吟唱』~主人の思い出と共に~
 

金城支部 井川郁美

 

 平成十二年六月主人の第二の人生の門出にあたり、私と主人は、山口の松陰練成道場へ参加させて頂き、とても嬉しく元気を沢山頂きました。その練成を受けるにあたり必要な本を沢山購入し、帰路に着きました。
 さて、月日は経ち、昨年三月初め金城支部でネットフォーラムで輪読会が始まりました。現在5冊目を輪読しているところです。その輪読にあたり、本を考えていたところ、本棚に飾ってあったあまり読んでいないあの松陰で買った『真理の吟唱』が目に止まりました。輪読してみるともう嬉しくて嬉しくて主人との思い出も鮮やかに思い出され、幸せな気分になり、輪読が楽しみになってきました。
 私の心に残ったところは沢山あるのですが、一部を紹介します。
 「神の光を受ける祈り」  私の魂の内には、永遠に消えない光が宿っているのである。それは神から来たれる光である。如何なる暗黒なる時にも、その光に照らされて進んで行けば、私たちは決して道に迷うことはないのである。
 その光は愛の光である。智慧の光である。生命の光である。愛が輝き出す時すべての憎しみは消えるのである。智慧が輝き出すとき迷いが消えるのである。生命が輝き出すとき疲労が消え、老衰が消え、病気が消え、死が消えるのである………と。 うれしいですね!!
 練成を一緒に受けた主人は平成二十五年にこの世を去りました。主人は一生懸命生きました。肉体なし永遠の生き通しの命なのですから、主人はずっと私のそばにいて守っていることと思います。『真理の吟唱』を輪読することにより、松陰道場での事がとても懐かしく思い出されると共に、今こうしていつも心明るく元気で居られるのは、この生長の家の御教えのお陰と感謝せずにはいられません。
 “常に神の光は私の内にある”すばらしい『真理の吟唱』です。

​​(大和島根R4年3月号)

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№7 ネットフォーラムで真理を学ぶ
~ラインで毎週輪読会~
『生長の家ってどんな教え?

 

人麿支部 藤川 芳子

 

 「一緒に輪読をしてみませんか?やっぱり本を読んでいくと違うよ。」大きな問題に直面し悩んでいた時、人麿支部の豊内講師に誘われて始めた週一回のラインを使っての輪読会も、気づけば3冊目に入りました。本を読むことが苦手な私は不安もありましたが、二人で交互に読むとあっという間に進み、感想や近況を伝え合うおしゃべりタイムも弾み、今では土曜日の夜の一時間は楽しいひと時となっています。
 その中で私のお勧めの一冊は、谷口雅宣総裁先生の『生長の家ってどんな教え?』です。実は、雅宣先生のご著書は最初に手にした時、当時の私にはあまりにも難しく、それまでの教えのギャップにも戸惑い、本棚にしまい込んだまま敬遠していました。ところが、この本は、雅宣先生が各地の講習会で講話された内容と質疑応答の記録がQ&Aとしてまとめてあり、図解も多くとてもわかりやすい本でした。しかも、雅宣先生らしい科学的視点と論理的で明解な真理の解説は、「なるほど!!」と思わず声を出してしまうほどです。何となく堅い話が多いと勝手にイメージしていた私は、この本との出会いで一気に雅宣先生のファンになりました。そして、今まで分かったつもりになっていた真理をきちんと学び直すよいきっかけになりました。
 生長の家の教えに触れて、早や25年、「こんなことをしていても…」と迷った時期もありましたが、不思議とまた神様の方へ導かれ、今では、「はい、次はこの問題が来ましたか。私の心の影は?神様にお任せして祈るのみ。」と思える私になりつつあります。感謝、感謝!!
 雅宣先生は、はしがきに「本書を“入り口”として多くの読者が宗教への偏見を捨て、善一元の神への信仰に入ってくださることを心から念願する」と書かれています。生長の家の教えをわかりやすく学びたい方、私のようにもう一度学び直したい方、ぜひこの本を手にとってみてください。

 

​(大和島根R3年12月号)

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№6 「ありがとう」はすばらしい
~心の奥底から感謝~
 

 古志原支部 多久和信子

 私は物心付く前から父母と離れて、祖父母や伯父伯母に育てられました。父母に捨てられたという思いで、恨みながら大きくなり結婚もしましたが、死を思うほど苦しい思いをしてきました。しかし、生長の家に導かれて今に至っています。
 父母に感謝することは頭では理解していました。平成二十九年病気で左半身が不自由になり、その後、聖典の写本を始めました。『「ありがとう」はすばらしい』は、体験を交えて真理が説かれてあり、特に惹かれました。中には、石田盛喜代講師の体験が書かれてあり、一大決心をして練成会を受け、父母に心からの懺悔と感謝をされた時に回りと調和したとありました。私は父母にも一切の人にも感謝していない事に気付き、「ありがとう」以外は思うまいと決心し実行することにしました。今まで不調和だった嫁とも調和することが出来て、家の中が明るくなりました。
 また、リハビリの先生やヘルパーさんに生長の家の素晴らしさを伝えています。今日も子育て中のリハビリの先生が「多久和さんに教えてもらい、忙しい時にも子供の話を手を止めて聞くようにしています」と話されました。以前、私は「本当に忙しい時はちょっと待ってねと言い、一段落付いたらじっくり聞いてあげるといいよ。子供は素直だから分かってくれるよね」と話しました。
 感謝は頭で考えるものではなく、心の奥底からするものだとつくづく思います。

​(大和島根R3年12月号)

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№5 新たに支部立ち上げて 輪読会開始!
~『新版真理第1巻入門篇』~

 

城西ピース支部 松本朱美  

 

新しく支部を立ち上げて、今はズーム等を使ってネットフォーラムでの開催が多いですが、誌友会、母親教室をほぼ毎月開催しています。そして、以前は誌友さん達と集まって月初めにやっていた感謝奉納祭ですが、こちらもネットフォーラムで開催しています。その奉納祭後の輪読会で使っているテキストが、『新版 真理 第1巻 入門篇』です。タイトル通り真理への入門書です。
真理を知ることによって、悩みから解放される。あらゆる階層の人たちがそうなるようにと、難しい言葉の意味も分かるように文中に註釈も入っています。なので、たっぷりとした厚みのある本ですが、やさしい言葉で書いてあり楽しく読み進めることが出来ます。そして、毎回皆さんで短く区切って読んでいるのですが、なぜか今の自分にぴったりの箇所を読むことになるから不思議です。
目次を見ても、宗教とは、実相と現象などの基本から病気や健康、願望成就について等、生長の家を知らない人にもお勧めです。毎回どこから読んでもいいですし、現代仮名遣いで、中学生からでも読めると思います。まだ読んでおられない方はもちろん、また読み返してみると新たな発見があるかもしれません。

​(大和島根R3年12月号)

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№4 職場で人間関係に悩んでいた時
~『幸福を招く365章』を拝読して~

 

新町支部 石丸明子

 私が生長の家にふれたのは、高校を卒業しある会社に就職した時でした。職場の先輩のお誘いを受け、白鳩誌を読んだり、出雲練成に参加したりしました。当時の私は「良いお話だな」と感じる程度でした。初めての“浄心行”の時は、51歳で亡くなった父の無念さを思い、涙がとめどなく流れ溢れた事を今でも覚えています。
 大きな問題もなく結婚、出産を過ごして来ましたが、ある時職場の人間関係に悩むようになりました。私よりずっと年下の女性でしたが、とてもしっかりしておられ、言葉も態度もハッキリしていてきつい人でした。
 最初は、他の人に向かっていた矛先が私に向けられるようになり、すっかり落ち込んでしまいました。退職も考えた時、この御本を再び手に取りじっくり読みました、
 「問題は自分を高めてくれる」「相手を『酷(ひど)い』とか『意地悪である』とか考えないで、相手を神の子さんと思い、ありがとうございます。と拝みなさい」等書いてありました。
朝出掛ける前にパッと開くと、私の為に書いてあるようでした。車の中でも、歩いている時も常に“ありがとうございます”“一切万事好都合”と唱え続けました。すると自然に心が落ち着きました。その内私の担当が変わり、その方と少し距離を置く事が出来ました。その後、見た空はとても綺麗で、「空ってこんなに青かったんだ」としみじみ思いました。心が変わるとこんなにも感じ方が変わるんだと心から思いました。まだまだ未熟な私ですが、生長の家の教えを心に持ち、自然と人間の深い関係にも配慮し、明るく進みたいと思います。

​(大和島根R3年11月号)

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№3 新版『生活読本』を拝読して
~笑顔でうれしい楽しい毎日を~

 
  隠岐加茂支部 野津保恵

 この本を最初に手にしたのは三刀屋で講習会が開催された平成24年、隠岐の方と一緒に松江道場で宿泊のお世話になった時、そこで求めたものです。その頃は未だ真剣に生長の家を行じようとは思っていませんでしたが、読み始めるとついつい引き込まれていきました。そこには人間としての生活のあり方が丁寧に分かりやすく説かれており、とても感銘を受けました。
 この度、久しぶりに読み返してみました。あれから約十年を経た今、時代が移り、今の世の中にはそぐわない事もあるかもしれないと思いながら読み進めても、基本的な教えは変わりようが無く、新たに思い知らされる事もありました。
 この本を読むと入信した頃のことを思い出します。講師の先生方が隠岐に来られて見真会や講演会があり、近くの人、友人、知り合いを誘って大勢で会場に行きお話を拝聴させて頂いたこと、懐かしい思い出です。以前と比べると生長の家の活動も変化してきましたが、この生活読本を読みますと根底に流れているものは同じなのだと思い安心致します。
 本のカバーの折り返しに書かれている“心と顔に太陽を輝かせましょう。”そして、94頁“◆愉快でいることを義務と思え”には、次のように書かれています。
「人間は愉快でいることを義務だと思うようにならねばなりません。自分の顔は自分の勝手だから、どんなにふくれ面していても、ほっといてくれたらよいと考える人があるかも知れませんが、それは大変な間違いであります。自分ひとりが不愉快な顔をしているためにその周囲の人たちが、どんなに不愉快になるかもしれません。不愉快な顔をしているだけで、その人は周囲の人たちに大変な害を与えているのです。(中略)」
 私も反省して笑顔を義務とする毎日を過ごしたいと思います。うれしい、楽しい、喜びにあふれた毎日になるでしょう。
 最後にこの本には、「生長の家」を知らない方でも、人間としてどのような心で毎日を過ごすと幸福な人生が送れるか、とても分かりやすく書かれています。多くの人の愛読書となることを祈っております。​  (大和島根R3年10月号)

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№2 『人生を支配する先祖供養』を輪読して

 金城支部 牧田佐恵乃

 今年3月ラインを使って週一回支部輪読会を始めました。6・7月は新版『人生を支配する先祖供養』を輪読しました。
 はしがきには次のように書かれてあります。「人間本来“如来”であり“神の子”であり、本来“無罪”の実相をその霊魂が自覚して“如来”の境地に入ることを成仏するという。祖先及び縁者の霊魂を成仏させてあげるのが、現実界の子孫及び縁者の義務であり、それはまた自分自身に報いられて来て家族全体の健康ともなり繁栄ともなるのである。」
 私は実家も婚家も浄土真宗で、母が朝夕お参りをしていたものの先祖供養というものは日常の生活にはなく、お盆や法事の時にお寺さんが来られてお経を誦げてくださるのが御先祖様への供養と思っていました。もちろん真理については何も知らず肉体が自分であると思っていた私です。結婚し、その後生長の家にふれた私は勧められるままに霊牌供養をさせていただきまして、不思議な体験もあってご先祖様が喜ばれたことを実感しました。
 第六章では先祖供養による奇跡的体験例が載っており、『甘露の法雨』の読誦は計り知れない功徳のあることに感動します。54頁には「生長の家は万教帰一であるから、生長の家の信徒であれば聖経『甘露の法雨』を誦げてあげればよいのです。それにて何宗の人々の霊魂も皆救われるのである」とあります。
 生長の家に入信して28年になりますが、お恥ずかしい話ですが、今ようやく毎日の先祖供養ができる私になりました。この聖典を拝読してまして、日々感謝の気持ちでお仏壇に向かって聖経を誦げさせて頂き「人間神の子、罪なし、迷いなし、病なし」の真理をご先祖様と共に悟らせていただくことの喜びを新たに致しました。

​  (大和島根R3年9月号)

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№1 『森の日ぐらし』を拝読しまして

     湖陵支部 田中 妙子

 生長の家白鳩会総裁・谷口純子先生著『森の日ぐらし』は春・夏・秋・冬の毎日の暮らしと、それぞれの季節のエッセイ、主菜・お菓子などお肉を使わない旬のレシピ、毎日の喜びの発見が満載の新刊本です。足元にある毎日の暮らしに喜びを見つける生き方を考えさせてくださっています。
 東京の原宿と八ヶ岳南麓の北杜市大泉町に越して八年目になる先生の毎日を比べてみると、交通の便が悪く不便ではありますが、常に自然と直接触れ合う生活になっていっていると思います。都会では自然の存在は小さくなってしまい、あまり好ましいと思われませんが、便利さやスピードを目的としない生活の根本には、『自然と人間は本来一体』という生長の家の信仰があります。新型コロナウイルスによる感染症の拡大は今や喫緊の課題となった気候変動と同じように、自然と人間の深い関係を無視した結果だと思います。
 地球規模の問題の解決には私達はどのような生き方をすればよいのでしょうか。『私達は地球社会の一員である』と自覚する生き方をすれば良いと思います。では自然とともに生きる生き方は具体的にはどうすればよいのでしょうか。肉食を減らす・地産地消の食生活・低炭素の食生活を、私達ひとりひとりが心がけて変えていくことであると思います。
 毎日の生活の中で愛を感ずる事がなくなったら楽しくない生活になります。私も時にありますが、気が付くと与えられる事ばかり考えて悩んでしまいます。まず、与え・愛の実践しなければと実感しています。

​  (大和島根R3年8月号)