教区機関紙 

大和島根より 

孫娘に良縁

 
           益田駅前支部 吉川 綾子
 二人の孫娘に半身を聖使命会に入会したのです。それから、四から五ヶ月後の事、その孫娘が両親に「友達が家に行きたい」と言うので、都合の良い日は?と連絡して来たそうです。平素音信が無いので訪問者が男性とは想像外で、言葉の用意もなく青年の一言一言に心を注いだと、両親は言うのです。
 この孫娘は植物が好きで農業も関心があり、東京農大を卒業し、一時イチゴ農園に下宿し働いた事もあります。平素からおしゃれもそこそこで華やかでなく。独立性はあると見ていましたが静かな娘です。家にいる時も結婚の話題はなかったので親にとっては、まさかの出来事驚くばかり、その青年は孫娘より「二才年下で次男です。結婚を前提にお付き合いさせて下さい」と言って帰って行ったと言うことです。しばらく立ち、去年の暮れに「私達は入籍しました」と立派な報告書が届いて、二度目のびっくりで両親との面会を急いだと言うのです。
 神様はあまりにも早く全てに御配慮下さり嬉しい限りであります。今度は家族が増えました。「よろしく」と三度目のびっくりを私は待っているところです。切なる願いは必ず叶えられるとありますが。その通りになって毎日が感謝です。(大和島根令和2年7月号)

勝部治良さん発刊 

  『出雲神話の里山を歩く  樹医が語る 森とひと』         
 前号の大和島根で紹介しましたように、勝部治良さんは長年保護司として社会に貢献され、この春藍綬褒章を受章されましたが、勝部さんは、平成元年12月から昨年3月まで出雲市の樹医としても約30年間活躍され、地元の緑化事業や森林保全に大きく貢献されました。この度、出雲市の樹医センター閉所に伴い、樹医として歩まれた記録をまとめた『出雲神話の里山を歩く 樹医が語る 森とひと』を6月に発刊されました。
 ページを開くと、最初に“生長の家は「大調和の真理」をさらに広く世界に宣布するとともに、……”と谷口雅宣総裁先生の言葉が書かれています。樹医として活動された記録や詳細な論文の他に、栄える会の育林活動も記され、多岐にわたる活動成果を知ることができます。そして、勝部さんの専門知識の深さは勿論、篤い信仰姿勢と温厚な人柄をあらためて感じることができます。
 この冊子をご希望の方は、教化部へご連絡ください。

 

更生保護と御教え

        保護司 勝部治良(神門相愛会)

 約三十年近い刑事犯対象者に対するボランティア活動の源泉は、“人間の社会活動は本当に紙一重の差で明暗が具現化する”という悲喜混(こん)淆(こう)世相の苦(く)悶(もん)でした。
 昭和の後半から平成にかけて少年事件、特にいじめ、非行、そして登校拒否でした。家庭の事情が原因する中学生、高校生の罪は悲しい限りです。
 逮捕され、拘置、家裁、少年院、刑務所等、最も大事な時期の出来事は『更生』という言葉で済まされません。以後平成十四、五年がピークで今日段階では漸減傾向が続いています。
 その間二、三十名の対象者と面接、会話、相談、進路(就職案内)等、保護司として対応できたことは、“御教えの生活理念が自分に内在していたから”だと深く感謝しております。
 笑顔で『ありがとう』という若人の言葉は、罪の世界から解放された、それこそ人間神の子実相顕現の“証(あかし)”でした。
 世情は変遷して最近は再犯事件(五十才以上の男性)中年女性を中心とする覚醒剤事件が増えつつありますが………。
 光明面を観て暗黒面を実在と思わず、辛抱強く対象者の闇を明るい方向に転換していく努力をしていくところです。
 今日、世界的に“コロナ感染ウイルス被害”は人間社会の再構築を迫られています。地球上の生命体それぞれが共生できるように私たち人間も競争優先、物欲意識から共存信仰へと少しずつ、それぞれの立場で行動しようではありませんんか!!

(大和島根令和2年7月号より)

「写経の功徳は素晴らしい」

 出雲東第一支部   小田原貴子
〜聖経『甘露の法雨』は小さくは個人の病いを癒し、大きくは国家・世界の大病をも癒すことができるのである〜
 私は、祖母から両親、そして私へと、生長の家の御教にふれさせていただき、倖せに包まれた生活を送っています。しかし、昨年末からの新型コロナウイルス感染症に、不安や悲しみを感じるところです。
 父は、去年9月に他界しました。たまたま4月22日に父のカバンの整理をすると、宇治別格本山の写経の案内が手に触れ、上記の一文が目にとまりました。「これだ」と思い、今、私がなすべき事を父が示してくれたのではと、喜びが湧いてきました。私は宇治で研修生として過ごさせていただいた事もあり、その際に幽斎殿での写経もしました。今ここに、倖せに過ごす事が出来るのは、その時の自分があるからこそです。
 谷口雅春先生は、写経の功徳を末一稲荷神社社殿地鎮祭祝詞により示されています。今私達が出来る事は三正行はもとより、神様の御前に座して、心深く、平和(新型コロナウイルス感染症平癒)を願う時、写経の功徳を思わずにはいられない気持ちになりました。こんな時にこそ、皆様と宇宙を通じて結ばれる事を望みます。
 私は今、小学5年生の孫や84歳の母と写経をしています。外出を控えたこの時間を大切にしたいと思っています。

<写経奉納金>
 全項目 五千円
 一項目 千円

<写経の心得>
・ 写経はその時の心が最も大切ですから、心を浄め室内を整えてから始めてください。
・ 奉納されます写経は10年間奉安されますので、毛筆にて謹書してください。
・ 文字の上手、下手は問題ではありません。感謝の心で謹書してください。
※写経をご希望の方は、教化部へご連絡ください。写経用紙をお送りいたします。写経の封筒の中には、写経用紙の他、書き方の説明書が入っています。写経を書かれましたら、宇治別格本山へ郵送してください。宇治別格本山において、「写経祝福祈念」実修ののち、毎年12月上旬に「写経奉安式」を執り行い、写経奉安礼拝殿にて10年間奉安し、毎日聖経読誦を行われます。

(大和島根令和2年6月号より)

観世音菩薩の息子

  古志原支部 長瀬迪子
 私は現在九十一才余りでございますが、たった1人の息子を四月十六日、難病の多系統萎縮症で亡くしました。65年の人生でした。健康な時は、自分の思う様に生き、大学を出て就職、結婚、そして、離婚、一人身、発病、死。私は姑から自然に導かれた生長の家の教えに支えられ、何とか心身壊れもせず生きて来ました。
 平成25年の発病より日が経つにつれ彼の病は徐々に重くなり、身動きが全く不可能となり言葉も発することが出来なくなりました。しかし、頭脳、目、耳は正常であり、これでは生ける屍ではないか、彼の心を思うと私は、頭がおかしくなりそうでした。
 ところが、不思議な事に東京で闘病生活をしていた息子を身内が見舞ったメールには必ず、「顔色よく穏やかな表情で笑顔あり」と、必ず来る死を覚悟している表情ではなかったよう。「茶色の瞳が透き通り佛様の様な表情」と云うメールもありました。
 講師の方々は、「彼は魂の高い処にいるので案外楽に生きているのでしょう」と、私はひたすらその言葉に縋(すが)っていた矢先の訃報、エッ?何故でした。
 日が経つにつれて悲しさは波の様に押し寄せますが、彼が病に臥ってからの数々の奇跡は、誌友の方達をも含めた必死のお祈りを神様はちゃんと叶えて下さったのです。
 3月末には息子を見舞うことができましたが、折しもコロナウイルスの真っ直中、私は息子の荼毘(だび)に立ち会うことはできませんでした。大阪にいる妹が東京へ行ってくれました。彼は無事身を清めて頂き、斎場では、ワイシャツ、ネクタイ、スーツをかけてお洒落をし、お花を沢山入れてもらって荼毘に付され、四人の方にお骨上げをして頂いたそうです。
 妹は、感染防止のため脱兎の如く帰阪し、二週間の禁足。お骨も大阪に預かってもらい、私は仮葬儀と法事を松江で行いました。妹の希望で、私のスマホの電話をオンにして、読経を流したら、大阪の妹のスマホに見事に届いたそうです。
 生長の家の御教えの凄さと、息子の病、死によって本当の教えの入り口にたどりつけ、彼が菩薩である事を知らされました。お陰信仰は吹っ飛び、本当の扉をほんの少し開ける事が出来た様な気がしました。

(大和島根令和2年6月号より)

聖使命菩薩誕生 ~昨夏から10名聖使命会入会~

 四絡南支部 遠藤瑳紀子

只今猛威を奮っている新型コロナウィルスも、最初は他山の石的に思っていたのですが、いよいよ島根にも感染者が出ました。3月からはほぼ全ての行事が中止や延期になり、一刻も早い終息を祈念致します。
 私は昨年8月から今年2月の間に10名の方が聖使命会へ入会して下さいました。最初の二人は御夫婦で、数年前から普及誌を持って行っては、御教えや体験談、雑談等をして帰っていました。昨夏、奥さんの急激なる病状悪化から、それまで口元まで出ていた入会の件を、もう遠慮している場合ではないと強力に勧め、即入会してもらいました。 入会後、御本人達はもとより勧めた私も「あれよ、あれよ。」と思う間にドンドン良くなられ、大変感謝されました。これはもとより、私などの力では全くなく、生長の家の真理が如何に素晴らしいかを改めて実感させていただきました。
 後、8名は、昨年から誌友会に参加して下さっているAさんが、家族全員入会して下さいました。「毎月誌友会に参加して色々学ばさせてもらっていると、自分はすごく迷う方で、占いやその方面の本が大好きだったけど、そんな物は必要なくなった。『甘露の法雨』を誦げると心が落ち着くので、誦げないと気持ちが悪い」と言われます。一家中が入会して下さり、責任の重さを感ずると共に、神様と太いパイプで結ばれ、幸せになられる事まちがいなしと感ずる次第です。
 日々の生活の中で、少々何かが起ころうとも、「必ず良くなる!乗り越えられない問題は与えられない!必ず守って下さる!」と大安心出来るのは、やはり聖使命に入らせていただいているお陰だど確信致します。
 今、台所の牛乳ビンの中には、桃の花の添えで差した菜の花が一本、一ヶ月半以上も凜とした姿で存在価値を示しています。奇跡の一本松の様に。ぼたんやバラでなくても菜の花の様な○○さんでも大丈夫だよ。地道に頑張りなさい!と背中を押してもらっている気がします。

(大和島根令和2年5月号より)

『いのちの環』4月号(№121)に紹介されました

●美のステージ(10~12頁)
音楽は私の喜び、人とその喜びを共有したい 
  久多美相愛会 常松秀清さん

   
  ※写真『いのちの環』4月号より
 防音装置が施された自宅の音楽室で、愛用するコルネットを吹く常松さん。
    柔らかい音色が耳に心地よく響く

『白鳩』4月号(№121)に紹介されました

●地域のサポーターを訪ねて
 温かく、笑顔があふれる母親教室
 城西ピース支部 岸本雅子さん

   
 
※写真『白鳩』4月号より
取材の日は、ちょうど西村世紀子白鳩会連合会長の出講となりました。
参加者の皆さんの笑顔が素敵ですね!益々のご活躍をお祈りいたします。

布教功労賞を拝受して

  緑ケ丘支部 水津英子

合掌 ありがとうございます。
 この度、布教功労賞の連絡をいただいた時、まさに青天の霹靂でした。これも偏に歴代の教化部長をはじめ沢山の皆様方のご指導とご支援の賜物でございます。心から感謝申し上げます。
 生長の家にご縁を頂きましたのは、結婚して大阪に住んでいた昭和50年一冊の白鳩誌を頂き、御教えの素晴らしさに感動し、自ら聖経『甘露の法雨』を求めました。その後、家族で聖使命会員に入会致しました。主人の故郷益田に帰ってきたのが、約31年前。その後、豊内講師の勧めで「益田ひまわり母親教室」の初代リーダーを拝命しました。先輩の講師の方からは「生長の家はハイですよ」と教えられ、与えられたお役を「拝」と受けさせて頂きました。
 色々な課題も頂きました。次女は8ヶ月の時1450gで産まれ70日の入院の後、退院しましたが、肺炎にもなり命の危機に直面した時、神様に全托し尊い生命をいただくことが出来ました。主人が大病を患った時も無事社会復帰が出来ました。
 色々な問題に直面する度に生長の家の御教えで乗り越えて参りました。初心に帰り三正行の実践、日時計主義、倫理的な低炭素の生活を心がけ、「人間神の子」「神・自然・人間は本来一体である」この素晴らしい真理をお伝えして参ります。今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。再拝

(大和島根令和2年4月号より)

布教功労賞を拝受して

  神門相愛会  高橋 安夫
合掌 ありがとうございます。
 私が布教功労賞を頂いたのは、山下教化部長をはじめ各組織の皆様方のご指導とご支援のお陰であり、心より感謝申し上げます。
 平成二十八年に透析を始め、半年後に連合会長を拝命しました。初めての代表者会議は山梨で透析を受けての参加でした。連合会長の役はなかなか軌道に乗りませんでしたが、祝福する事を思いつき、会員全員の皆様の祝福を始めたところ、活動が生き生きと出来るようになりました。今は連合会長の役を長野新連合会長へバトンを渡すことが、出来たことが何よりの喜びです。
 連合会長の役を終わってからある方よりハガキを頂きました。「これから益々生長の家をやりましょう」と言う内容でした。任期中は、病気で入院とかが多かったですが、これからは真剣に生長の家の生き方を学ぼうと考え、再び聖典等を読み始めました。
 現在は家内と二人で朝神想観をし、『聖経』、『日々読誦三十章経』を読誦してから朝食です。また、運動に家の周りを三十分間歩いていますが、この間から袋をもってゴミ拾いをしながら歩いています。
 この賞を頂いたのを機に、これからも益々明るく仲良く楽しく、感謝しながら皆様方を祝福させていただきたいと思います。本当にありがとうございました。(大和島根令和2年4月号より)

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