教区機関紙 

大和島根より 

仏経山.png
いつも明るく朗らかに

 仏経山、大黒山に守られて斐川の土地に生まれた私は、何よりも代えがたい幸せものです。何かがあると、仏教山や大黒山を眺めると心が落ち着つく私です。山々のやさしい美しさに見守られて今日一日が始まります。生長の家を知って、六十数年、一日とて淋しく悲しい日はありませんでした。
 若い時、姉のいる石川県に住んでいました。そこで生長の家に触れ、青年会に入りました。その頃、私は詩を作り、高校の先生が作曲をして下さり、毎日その歌を歌っていました。今でも時々歌います。
一、いつも明るく朗らかに
  誌友の瞳は輝いて
     交わす言葉も愛あふれ
     行こうよしっかり手を組んで
二、歌を聖歌を高らかに
     若き瞳は光満ちて
     交わす友情愛満ちて
     輝く希望に胸張って
三、我ら神の子今立ちて
  理想世界を打ち立てん
     交わす誓いも火ともえて
     行こうよ大聖寺(だいしょうじ)青年会
    
 その後は、大阪で御教えを学び、主人の定年後斐川町に帰ってきました。毎日が楽しくうれしく素晴らしい、こんな世界があるのかしらと、生長の家の御教えに感謝感謝の毎日です。心からありがとうございます。現在八十六才ですが、まだまだ、私のうれしい楽しい素晴らしい人生はこれからです。(大和島根R4年5月号)

穏やかな海
いいところを探して感謝
必ずよいことがやってくる

   匿名

 約8年前のある日、突然友人から生長の家の話しを身振り手振りで聞かされ、そう言えば、義祖母が生長の家の方と親しくしていて、よく本を開いていたなぁと思い出し、何の抵抗もなく、聖使命会員にならせて頂きました。

当時、認知症になっていた義母を抱え、その上、主人の女性問題があり、それを主人に問いただすと暴力を振るうなど色々ありました。そんな辛い時、友人から聞いた話の中に「必ずよいことがやって来る」と言う言葉を思い出し、私は、気持ちが辛くなった時、常にそれを口にして、自分を励まして来ました。その言葉を発した時は、本当に不思議と気持ちが楽になり、前向きに頑張れるようになり、有難いと思い、生長の家の教えは、本物だと思う様になりました。

しかし、私はどちらかと言えば少しは信仰心があるつもりですが、実行が伴わず、招神歌や聖経読誦をちゃんと唱えることが未だに出来ません。毎日、自分の気持ちとして行っていることは、神仏に毎朝、お水とお茶をお供えし、温かいご飯が炊けた時や珍しい物が有った時、人様から頂いた物は、先にご先祖様にと、一般の方がしていることしか出来ません。ただ、神様には、自分の大切な家族、兄弟、従姉妹達の「神の子、実相円満完全」「病なし、健康です」と唱え、ご先祖様には「家族の安全と無事健康」を祈ります。夜には神仏にお礼を申しあげ、夜布団に入ったら「有難うございます、休ませて頂きます」とお礼を言い、両親には見守って下さるお礼を言い、主人には良いところを見出して感謝し、子供達にも感謝して手を合わせると、知らぬ間に就寝しています。

55年間一緒に生活してきた義母も3年前に他界し、今は良かった思い出ばかりです。一方もっと、あの様にしてあげればよかったという思いも有りますが、本当の親子の様だったと思います。最近では、主人が神仏の茶水をお供えし、色々と手伝ってくれるようになり感謝で一杯です。嫌な事があっても、いいところを探して感謝をすれば、全てが良くなることが解りました。生長の家の教えは大好きです。(大和島根R4年5月号)

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二重光輪賞を拝受して
                

西田相愛会 安食豊
 

合掌 ありがとうございます。
 この度、二重光輪賞を戴き身に余る光栄と感謝しております。これも偏に、教化部長はじめ、幹部・信徒の皆様のご高配を賜り心から感謝御礼申し上げます。
 次男が高校二年生の時、クラスで行った海水浴で亡くなり、悲しんでいる時、上司から貰っていた『光の泉』誌が入信のきっかけになりました。その後、孫達の不登校など色々と問題がありましたが、孫と一緒に宇治の練成会に参加して先祖供養の大切さを体験し、次男、両親、親族、流産児など二十柱を永代供養に祭祀させて頂きました。
 また、保護司を拝命していた時、無帽で二輪車の二人乗りをして死亡事故を起こした少年や暴力団に入った少年も担当しました。何れの少年も皆家族に問題がありましたので、当時の教化部長から先祖供養の大切さ、生長の家の真理を直接指導していただいたこともありました。その後、立派に成人して、結婚の際には招待してくれた青年もいました。
 私は生長の家で幾多のお陰を受けました。この数年間でも、神癒祈願で脊柱管狭窄症が治り、風呂で意識不明になった時も一命を取り留め、また、肺や心臓の周りに1㍑以上の水が溜まり、それをとってもらってからは息苦しさがなくなりました。また、姪が亡くなり供養のために霊宮聖使命会の霊牌と入会申込書を書いたところ、その夜にその子が喜んだ夢を見せてくれ、毎晩のように脚が引きつけて苦しんでおりましたが、不思議なことにその夜からは脚の痛みがなくなりました。
 私は昭和六十年から現在も聖使命会費取扱者を続けております。毎月の感謝奉納祭、毎日の先祖供養をさせていただき、夫婦共に元気で過ごさせていただいております。これからも日々感謝の信仰生活を歩んでいきたいと思います。 (大和島根R4年4月号)

牡丹の花束
西日本光輪賞を拝受して
                

川津支部 足立冨代
 

合掌 ありがとうございます。
 この度は、思いも寄らない賞を頂くことになり、戸惑いすら感じておりますが、これも皆様方のご協力と御愛念の賜物でございます。誠にありがとうございました。
 私は、故井上寿美江元白鳩会連合会長の元で、初めての副会長という大役をお受けしました。途中、井上連合会長が体調を崩された時、未熟な私が皆様のお力添えを頂いて行事の代行をさせていただいたこともありました。その後も、故深田幸子連合会長、影山晴子連合会長、山口秀子連合会長の元で十二年間務めさせていただきました。
 また、全く知らなかったパソコンを手探りの状態で始めましたが、きめ細かく御指導を頂いた頃を懐かしく想い出します。今では毎日インターネットで総裁先生や白鳩会総裁先生のフェイスブックのご投稿、そして、全国の皆さんのPBSの活動を拝見し、私もまた、フェイスブックで毎日投稿を続けております。
 生長の家立教九十三年の記念すべき良き日に、心新たな気持で御教えに添い、三正行、愛他行、ネットフォーラムを通した活動、今後も続けて生長の家の伝道に努めて参ります。フェイスブックの投稿によりましても、生長の家の信仰に興味を持って下さる方ができました。ネットによる明るく楽しい日時計主義のライフスタイルの発信でも、人は救われていくと確信しております。今後ともよろしくお願いいたします。部 足立冨代
合掌 ありがとうございます。
 この度は、思いも寄らない賞を頂くことになり、戸惑いすら感じておりますが、これも皆様方のご協力と御愛念の賜物でございます。誠にありがとうございました。
 私は、故井上寿美江元白鳩会連合会長の元で、初めての副会長という大役をお受けしました。途中、井上連合会長が体調を崩された時、未熟な私が皆様のお力添えを頂いて行事の代行をさせていただいたこともありました。その後も、故深田幸子連合会長、影山晴子連合会長、山口秀子連合会長の元で十二年間務めさせていただきました。
 また、全く知らなかったパソコンを手探りの状態で始めましたが、きめ細かく御指導を頂いた頃を懐かしく想い出します。今では毎日インターネットで総裁先生や白鳩会総裁先生のフェイスブックのご投稿、そして、全国の皆さんのPBSの活動を拝見し、私もまた、フェイスブックで毎日投稿を続けております。
 生長の家立教九十三年の記念すべき良き日に、心新たな気持で御教えに添い、三正行、愛他行、ネットフォーラムを通した活動、今後も続けて生長の家の伝道に努めて参ります。フェイスブックの投稿によりましても、生長の家の信仰に興味を持って下さる方ができました。ネットによる明るく楽しい日時計主義のライフスタイルの発信でも、人は救われていくと確信しております。今後ともよろしくお願いいたします。(大和島根R4年4月号)

Yelllow花
布教功労賞を拝受して

 揖屋支部 星野佳子

 

合掌 ありがとうございます。
 この度、布教功労賞を拝受させて戴き、誠にありがとうございました。
 病気の母が、揖屋町に昭和二十二年頃、生長の家の灯がかざされ真理に触れ、人間神の子、病無しを体得し、多くの方に伝道しました。その後ろ姿を見ながら、私は小学生の頃から人間神の子完全円満の真理を学び続けました。
 昭和三十年に揖屋町に青年会、三十二年に子供会(神童会)発足し、青年会の方々と神社の庭や戦没者慰霊塔の掃除、高校生の頃は、松江城の清掃活動、年末には歳末募金活動をしました。
 高校練成会の時、野竹直一講師が神様は前髪しかない。お陰は影と同じ、振り向けば付かない。「神様、神様」と言って常に神様の方を向いていれば、自ずと自分の後ろにはお陰は付いて来ると教わり、その後も真理を学んできましたが、そのお話が私の歩みの元となっています。
 母の介護があり、五十五才で退職して、少しずつ白鳩会活動をさせていただくようになり、平成二十四年から講師活動させていただいています。平成十二年初めて団体参拝練成会に参加しましたが、奥津城参拝は感動と感謝で一杯でした。谷口雅春大聖師、谷口清超大聖師、谷口雅宣総裁先生とに教えを学び続けられた事は大きな喜びです。
 「もったいないが世界を救う」と教わっています。毎日の生活を丁寧に生きて、『日時計日記』に多くの方のお役に立ちますようにと書き続け、これからも神様のお役に立つよう精進して参ります。

​​(大和島根R4年4月号)

花の茂み
布教功労賞を拝受して

 城西ちどり支部 長野充子
 

合掌 ありがとうございます。
 この度、栄誉ある布教功労賞をいただきまして、誠にありがとうございました。大変光栄に思います。
 私は高校生の時、生長の家の信徒である母に誘われ中高生練成会に参加し、とても感動し、親に感謝することができました。そして、青年会に入りました。毎朝5時から普及誌愛行、その後、出勤し帰宅すると、誌友会場に集まり、一軒一軒に伝道して歩きます。身体はくたくたになりますが、心は喜びに輝いていました。
 その後、青年会で知り合った主人と結婚し、主人は松江道場の故門脇利市講師の地区の相愛会長になりました。と同時に独立開業し、ずっと今日まで組織活動を続けることができました。私も、主人の会社を手伝いながら、松江道場の行事、白鳩会の活動に現在まで続けることができました。親のようにお世話をして頂きました門脇利市講師、また、山下教化部長をはじめ、歴代の教化部長、信徒誌友の皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。
 私は以前、文書伝道を主にしてきましたが、今はインターネットで総裁先生御夫妻、本部講師の動画や、教区のネットフォーラムの行事の参加推進をしています。仕事で忙しい人、遠くの人、家から出られない人等にも、真理を伝えることができることは、本当にありがたいと思うこの頃です。これからも「信仰による世界平和」の実現のため、一歩一歩精進して参りたいと思います。

​(大和島根R4年4月号)

春の森
故門脇富二美様を偲んで

松江道場幹事 長野隆治


 松江道場は、二重光輪賞を受賞された故門脇利市講師が中心となって建設されました。先生は、主に島根県東部で伝道されて多くの人を救われ、相愛会や白鳩会の発展に貢献されました。
 門脇先生は、盲目でしたので次女の門脇富二美さんが先生に付き添われて伝道をされました。富二美さんは、小学五年生(十一歳、昭和二十六年頃)の時から先生に付いて伝道をされていました。その頃はまだ自家用車もほとんど走っていない時代で、バスや電車を乗り継いで、バス停や駅からは徒歩で伝道されたそうです。安来市のJR荒島駅から広瀬町布部まで(十八km)先生の手を引いて歩いて伝道に行ったこともあると言われていました。特に講演会や講習会の前は、チラシやポスター、聖典を大きな風呂敷に包んで持って歩くのが大変だったと話しておられました。
 また、誌友会等で夜遅くなる時は、富士美さんが眠ってしまわれることもあったそうで、その時は先生が富士美さんを負ぶって歩かれ、目が見えませんので家とは逆の方へ歩いていて引き返したことが何度もあるという話も伺っています。
 また、生命の実相や毎月の機関誌、普及誌等は富二美さんが全部カセットテープに録音してそれを聞いて覚えておられました。生命の実相四〇巻は、ほとんど暗記して個人指導される時には、「あなたは、生命の実相の何巻の何ページから何ページまでを繰り返し読みなさい」という指導をしておられたことを覚えています。先生は一地方講師でしたので、給料をもらって伝道されていたわけではなく、富二美さんと手を取り合って無償の愛を実践された素晴らしい先生でした。
 富二美さんは、昨年末から体調を崩され、二月五日に安らかに昇天されました。先生にいつも付いておられましたので一生独身で通され、生長の家一筋に歩まれた生涯でした。
謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

(大和島根R4年4月号)

春の森
幸せを招く聖使命会
 亡き同級生の導きで
​~聖使命会員と普及誌購読者に~

深野支部 藤原文恵

 

 今から約20年前、私の同級生が大病で入院し手術をしました。退院後、聖使命会を勧めたところ家族全員入会してくれました。元気になられて、会費をいただきに行きお話して帰る事が続いていましたが、急に体調が悪くなり68才で亡くなられました。明るく気さくな人柄が心に残っています。
 その後、母が関わっていたことだからと、娘のAさんが続いて会員になってくださいました。そして、一人暮らしになったAさんの姪御さんが、叔母さんと一緒に住みたいとAさんの養女になられました。Aさんのお宅は山奥なので、家までたどり着くのが、私もしんどくなって来ましたので、大事なものは郵送をし、お盆と暮れだけは、普及誌と日訓を持って行くようになっていました。その都度、先祖供養の大切さをお伝えししたり、講習会や教区大会にお誘いすると姪御さんと一緒に参加して下さいました。
 私は、身を粉にする如くよく働き、早く逝ってしまった同級生を月命日とお盆や彼岸には霊牌を書いて供養させて頂いておりました。最近では、娘のAさんも霊牌を書かれるようなりました。
 昨年、誌友会で先祖供養祭の大切さと功徳について、また、聖使命会員であることの意義について講話を聞き、その内容を電話でAさんに話しました。すると、数日後、Aさんが来られて、姪御さんの聖使命入会と普及誌購読をして頂くことになりました。思いがけない展開で、霊界からのお導きがあったのではないかと思いました。これを機にお二人がコツコツと真理を学ばれ、健康な体とよき出逢いを得て、倖せな人生を歩んで頂きたいと願っています。

(大和島根R4年4月号)

赤いポインセチア
幸せを招く聖使命会
「感動の中の信仰生活」

新町支部 漆原頼美
 二人の孫のお話をさせて頂きます。
 下の孫は、娘のお腹に授かった時から「○○の赤ちゃん」として聖使命会員に入会しました。保育園の頃から上の子と一緒に教化部の練成会に参加したり、生命学園でもお世話になり、その頃から「神の子さん、神の子さん」で育ちました。ずっと、バスケットボールをしていたので、高校入学時には、とても運良く全国でもベスト8に入る福井県の高校から声をかけて頂き、そこで活躍することができました。現在もバスケットのご縁で神戸の大学で頑張っています。
 上の孫は、囲碁クラブのある高校へ入学しました。ところが、途中から学校へ行かなくなりました。孫の神癒祈願を出し、日時計日記にも書き、又、護持会員から什一会員にして頂きました。そうする内に自主退学をして、通信制の高校に入学しました。勉強とアルバイトを両立させ、一年遅れて鳥取の短大に入りました。今は社会人として頑張っています。
 そして、この孫達の話を三番目の赤ちゃんを授かられた方に話したところ、感動して下さいました。その素直な人柄が心から嬉しく涙が溢れる思いでした。母親教室にも参加しておられ、身近なお方の助言もあり、お腹の赤ちゃんを聖使命会員に、病気がちな長男さんを護持から什一会員にされたのでした。
 続けてきた信仰生活の中で沢山の感動を頂き、 拙い体験ですが、一人でも多くの人に「幸せになってほしい」と切に願っています。

​(大和島根R4年1月号)

川辺の紅葉
白鳩会竜宮だより
日々感謝

塩冶さくら支部 井上喜江子
 

 私は、昭和25年から35年間県立中央病院の看護師として勤務をしました。健康に恵まれ職務に専念する事が出来、感謝の心いっぱいで退職致しました。この間多くの患者さんと出会い、心の痛みや悩んだ方に寄り添い、話を聞き、人生観に対し参考にする事も経験しました。義姉が地区の白鳩会のお世話をしており、誘われて聖使命会員となりました。誌友会に参加するようになり、ご近所の方とのつきあいも増え、次回の誌友会が楽しみでした。
 私の母も熱心に生長の家を信仰し、毎日聖経読誦をして自分はもとより家族や子どもの健康、幸福を祈っていたのだと思い、感謝でいっぱいです。私は、母の様な熱心な信仰は出来ていませんが、何事にも感謝の気持ちを忘れる事なく日々過ごしております。地域の行事があると救護のお世話をしたり、障害のあるお子さんと保護者をサポ一トする活動にも十数年参加しました。地域のコミセンのコ一ラスサ一クルにも参加し、毎月一回40人程度が集まり指導者の先生を囲んで楽しく歌っておりました。
 82歳で孫が誕生し、夫と共に大喜びしました。二人の孫と同居することになり幸せいっぱいの毎日でした。夫は体調を崩し、3年間の闘病生活の後、4年前に亡くなりました。今私は、週2回デイサ一ビスに行っていますが、毎朝神想観を行い、自宅の神仏を拝み、感謝の日々を送るとともに毎日日時計日記を書いています。孫も今では、小学4年生と2年生になり、二人の成長を楽しみに見守ってやりたいと思っています。

​(大和島根R3年12月号)

コスモス.JPG
白鳩会竜宮だより
​沢山の恵みを頂いて

西田支部 安食幸子

 

コスモスの風になびく優しさに 
 切るもいとしく 活けたくもあり

 

 薄いピンクや濃いピンクのコスモスが爽やかな風に揺れ、実りの秋を迎えました。たくさんの果物が実り、広い大地に感謝、ご先祖様に感謝の念でいっぱいの毎日です。 
 夫婦共に生長の家の御教えを頂いて50年になりました。相愛会と白鳩会を発会した当初は、親戚、町内の方々、知人の大勢の方々が会員に入会して頂き、わが家での誌友会は大盛況でした。どんなに困った出来事も生長の家の御教えを受けて行くうちに、必ず必ず幸せに変わっていきます。
 ただ、会員の皆様の年令が高くなられ、死去と同時に後の若い人に伝道がしてなくて、その家が途切れてしまっていく事は一番に残念に思いますが、朝昼夜と3回は必ず、家族や同志の皆様の幸福を祈らせていただくことが有り難く嬉しい楽しい時間です。
  コロナで同志の方々とお会い出来ないこの頃は、何とか方法を考えて、仲良く笑いながら楽しく会が出来ないかと念願している毎日ですが、白鳩会でふれあい回覧ノートが回ってきました。表紙に「恵みノート」と書いてあります。支部長さんがとてもいい名前を付けてくださいました。皆さんの様子も分かり、沢山の恵みを頂いていることに改めて感謝しています。
 私は、この夏満93才になり、体も今までのようには動きませんが、生長の家の御教えを頂き、只々有り難く常に前向きに生きて行かれる事に感謝の毎日です。これからも一人でも多くの方に御教えをお伝え出来るよう、コロナが早く治まって笑顔でお会いできるよう、皆様のお幸せをお祈り申しあげます。

​(大和島根R3年11月号)

閉じるピンクのバラのアップ
幸せを招く聖使命会
​コロナ禍での手術と家族

下意東支部 石倉公子

 

 白鳩誌9月号の谷口純子白鳩会総裁先生のご文章「日々わくわく」に、新型コロナウイルスの感染拡大で、感染のリスクを減らせる一つの要因として、田舎暮らしが注目されているようだとが掲載されており、この内容に私も同感しました。
 雲南市の親戚の近隣に四十代の女性の方も大阪から移住してこられ、都会では味わえない三瓶山の大自然の中で、牛を飼いながら生き生きと働き、日々の暮らしを楽しく満喫しておられます。
 人それぞれに価値観の違いはあるでしょうが、都会での生活は便利で物質的な華やかさがある面、何かと出費と隣り合わせの毎日の連続ではないでしょうか。
 それに比べ、私の田舎暮らしは、畑で自給自足の野菜を育てたり、近所のお友達から野菜の差し入れがあったり、また、物々交換で海の幸・山の幸を手に入れたりしながら、心豊かにスローライフを楽しむ事が出来て幸せを感じ、感謝しながら日々を過ごしている情況です。
 ところで、私は今年の五月に二度目の心臓の手術も前回と同じ大阪の病院で受けました。大阪のコロナの渦中に向かうことでもあり、内心複雑な思いを抱きながら覚悟を決めて臨みました。有り難くも手術は無事成功し、現在は庭の草取りや家事をこなし、少しずつ働けるようになり、心身共にとても元気になりました。
 特に、純子先生のご文章に同感したり、『フォトエッセイ』のご文章や真っ赤な彼岸花の写真を見て、自然と心が高揚し、大変明るい気持にさせられました。
 今後も健康であるためには、まず心の歪みを正し、そして感謝と愛の心を持って日々精進して行きたいと思っています。無事手術が成功し、元気を取り戻せる事が出来たのも、家族の協力のお陰です。改めて感謝し、お世話をしてくれた義妹、家族を聖使命会に入会させて頂きました。ありがとうございます。

​(大和島根R3年11月号)

木製の車
幸せを招く聖使命会
次男夫婦に神の子授かる

中吉田支部  山口寛子
  私の次男36歳は9年前に同級生と結婚しました。お嫁さんは気立てのよい明るい人で夫婦仲良く共に子供好きです。親戚で集まった時にも甥っ子や姪っ子の面倒見もよく遊んでくれます。初対面の他所のお子さんでも何故かすぐに二人の傍(そば)にいき懐(なつ)いてきて離れない程です(^^♪そんな息子夫婦ですが、9年間子宝に恵まれませんでした。

 私は二人が結婚した時から「神の子の赤ちゃん」を聖使命会員に入れ『日時計日記』にも「最も良い時期に神の子の赤ちゃんを授かります」と毎日書き続けて先祖供養も行いました。

 今年1月中旬頃、息子から電話がありました。受話器をとると「元気?お父さんも元気?」と聞いてきます。「元気よ。何かあったの?」と聞き返すと、「お嫁さんに赤ちゃんが出来たよ」と答えるのです。元々照れ屋の息子ですがこの様に伝えてきました。私もずっと待ち望んでいましたので「おめでとう❣」と心から喜びを伝えて電話を切りました。そして早速、神様ご先祖様にお礼を言って報告しました。

 今ではお嫁さんが検診ごとに赤ちゃんのエコー写真をラインで送ってくれて、早くから準備を整えて出産を待ち望む様子がよく伝わって来ます。私も9月出産予定を楽しみに「最も良い時に、最も良い状態でこの世に生まれてくれてありがとう」と『日時計日記』に書いて、新しい命の誕生を心待ちにしています。ありがとうございます。

​(大和島根R3年9月号)

花のつぼみ
白鳩会竜宮だより
人間神の子の教えに導かれて

 
                 古志原支部 恩田フサヨ
                                           (大正十三年五月生まれ 満九十七歳)
合掌 ありがとうございます。
 感謝と実相、この年に成るまで祈り続けさせていただきました事心より感謝致します。私が生長の家に入信しましたのは、昭和三十二年でした。当時、次男の喘息の発作や主人の事が色々ありました。そのような時に、大原小浪様が生長の家の誌友会があるので行ってみませんかと誘って下さり、行かせていただきました。
 その時の先生が門脇利一講師でした。色々私の話を聞いて下さり、「恩田さん、何も心配する事はないですよ。人間皆神の子だ。今すぐ聖使命会員になり、先祖供養をし、お父さんお母さんご主人に感謝しなさい。そして、毎日聖経を一日一回でも二回でも誦げなさい。神想観もしなさい。」と言われ、毎日素直な気持ちでさせて頂き、私の心も明るくなりました。
 私が近所の誌友会に出ておりました時、主人が次男に発作が起きて苦しんでいるからすぐに帰るようにと知らせに来ました。すると、誌友会で指導されていた門脇利一講師が「皆さん恩田さん宅に行きましょう。」と誌友の皆様を誘って我が家に来ていただき、子供に懺悔の祈りをして下さいました。本当に有り難く涙が止まりませんでした。次男の喘息の発作も治まり、また、毎夜のおねしょがその日から出ることはありませんでした。
 その後、講習会、誌友会に毎回参加するようになりました。生長の家は本当に素晴らしいと思います。私は生長の家のお蔭で今があります。ありがとうございます。皆様に心より感謝申し上げます。

​(大和島根令和3年8月号)

ドクダミ.png
竜宮だより
もうすぐ百四才になる母

 益田駅前支部  田原ちえ

 

 梅雨に入り、これから梅干作りや梅酒、梅シロップと野草茶(十薬、カキトウシ)と天気の良い日には急がしい日々です。九月の誕生日がくれば、満百四才になる母も体の調子が良いといいながら、裏庭にはえている十薬を採っては干しています。
 母は小学校しか出ていませんが、明るくて好奇心がとてもある人なので何でも学んで、特に野菜作りやお茶、梅干、味噌等、自分で出来ることは何でもしていました。九十五才位までは手助けもほとんどいりませんでしたが、さすがにその頃から徐々に杖なしでは歩きずらくなり、今は杖を手放せません。両手両足共にしびれもあるようで、寒い時や湿気の多い時等は大変なこともありますが、私にはそんな母を見守り、健康を祈ることしか出来ません。
 家にいる時も外に出る時も全てリハビリを兼ねていると思っているので、本人が手を貸してほしいと言われると手助けしますが、なるべく見守ることにしています。以前、母と年を取り体が不自由になった場合の事をいろいろ話し合いました。あまり手出し口出しはしないこと、母が手助けしてほしい時には、何でもするということを決めておいて良かったと今では思います。
 母の一日は、六時頃に起きて(冬場や雨の降る日等は七時頃)仏壇の朝夕のお参り、三度の食事はきっちりと、十時と三時にはお茶をいただき、新聞を読み、生長の家の聖典や普及誌、お寺から出ているいろいろな本を読むことも好きなことです。体の調子の良い時は休み休みの散歩をすることもあります。週一回のデイサービスに行くこともいい刺激になっているようで、母も私もありがたいことだと思っています。本人曰く、こんなに長く生きていられるのが、不思議でしょうがないと口癖のように言っているこの頃です。
 母は六十才頃に近くに住んでいた姉から生長の家を勧められました。今も白鳩会員である母と一緒に、野草茶をいただきながら感謝の毎日を過ごさせていただいております。

​(大和島根令和3年7月号)

アジサイの花
聖使命会は神様とのパイプ

    匿名

 この間、とても嬉しい事がありました。私の支部のAさんは20年前位に突然御主人が倒れられ、続いて姑、舅さんの介護で一切、誌友会にも出られなくなり、只、聖使命会費を納められるだけの会員さんでした。
 ところが、先日電話があり、「明日会費を持って来ます。」との事。いつもなら、5ヶ月分の会費を私宅の郵便受けに入れ、メールで連絡があるだけでしたが、嬉しい予感にワクワクしながら次の日を待ちました。
 久々に、家に上がられ、お茶を飲みながら談笑しました。静かな優しい笑みをたたえて話され、嬉しくて嬉しく心が小躍(こおど)りしていました。
 彼女曰く、「かかっていた所を変え、薬も変えたら少し楽になり、そうしたらずっと積ん読していた『白鳩』誌を読みたくなって、何冊も読んだら元気が出て来た。」との事。
 嬉しい!!嬉しい!!
 彼女は結婚当初は舅から「嫁は人間ではない。」と言われていたそうですが、姑が亡くなりいよいよ舅だけになり、心を込めてお世話をしてあげれらました。近くに実の娘が三人も居られますが皆、父親に会いに来られても、父親のお世話をする人は誰も居なくて嫁であるAさんに介護は丸投げ。文句だけ言われる由。
 しかし、舅さんの最期の頃は、「今からおむつを替えてもらう。お前らは出ておれ。」と実の娘達に言い、Aさんだけ部屋へ入らせて取り替えてもらわれたとか。その位、舅さんに信用されるようになられ、「あまり一生懸命になりすぎると後で疲れ過ぎてもいけませんよ。」と言っていましたが、やはり亡くなられた後、外にも出られない程心身共に影響が出ました。舅さんの13回忌も終わったと言うことでした。
 やはり聖使命会費を納め、神様と太いパイプで結ばれていると、一番良い時に神様は救い上げて下さるのだなあと実感した次第です。(大和島根令和3年7月号)

ウェディングブーケ
半身さんが現れ什一会員に

  揖屋支部 山下晶子

 この度、三十六才になった長男が結婚しました。私は、十年前に主人が亡くなり、美郷町から息子が住んでいる東出雲町に移りました。その頃、息子の半身さんを聖使命会に入会し、四年位前に私と息子は護持会員から什一会員に、運が良くなるようにと昇格しました。
 主人の永代供養はしておりましたが、昨年、息子が運送業をしておりますので、安全に仕事が出来るように、また、幸せな人生が送れるようにと生前永代にも入れました。結婚できるだけでもすごいと喜びましたが、現れた半身さんは、息子にとってこの上ないお相手でした。ご縁を頂いた事に神様に感謝するとともに、霊界からいつも導いてくれる主人に心から感謝しました。そして、嫁も当然什一会員に昇格させていただきました。
 感謝すると同時に、自分のことも少し考えました。生長の家に御縁を頂いておりながら、いつも不満を抱いておりました。それなのに、皆様に親切にして頂く等、お蔭を頂くばかりで、何もしていないということに気づきました。生長の家の事に限らず、何事においても体を動かして働くということが大切だと思わせて頂きました。これからは感謝の思いで少しでも愛行をしていきたいと思います。

 

​​『大和島根令和3年7月号』

オープンフィールド
孫の成長を喜び、感謝の日々を生きる

~誌友会に長年参加されているHさん(80歳代)の紹介をします~
 

川跡南支部 鐘築保子
 先日
Hさんから「生長の家にご縁を頂いて長崎の総本山へお参りしたし、色々な所に連れて行ってもらい、人生が好転し、充実していてとてもよかった。ありがとう」と言われました。
 長男のお嫁さんが39才で亡くなられ、当時孫3人。長男小学5年生、次男小学2年生、長女4才。母親教室で学んでこられた褒めて育てる教えを実行され、皆素直に育っていかれました。毎朝起きた時、出かける時、帰った時は必ず御仏壇(母親)に挨拶し手を合わせる事、成績表や賞状、◎(二重丸)を貰った習字などを御仏壇(母親)に報告しお供えする事などを当たり前にお孫さんたちはされていました。次男は友達が多く、Hさん宅での泊まりは何回も。台所も提供。おにぎりはたくさん作ったと言っておられました。
 また、部活動の大会などがあるとあちこち応援に行き、県外にも行かれた事があるとか。孫育てに生き生きと生きてこられ、自然と家中が光明化されました。現在、長男、次男は大学を卒業し社会人です。長女も来年大学を卒業の予定で、今就職活動中と聞いています。
 元々、明るい人だったかもしれませんが、今も朗らかで、回りの人をやさしい雰囲気にさせる人です。私はHさんからいつも幸せを頂いています。

​​『大和島根令和3年6月号』

鉛筆
​新年度、入学、就職、聖使命

城西ピース支部 松本朱美

家族全員聖使命会員に入会し、日々守られていることを感謝いたしております。

今年3月にはそれぞれ入会している学校を無事に卒業した子どもたち。これも、聖使命会員であればこそ、4月から新しく通い始めた学校もすぐに聖使命会に入会しました。そして、今から素晴らしい方とのご縁がありますように(悪い虫がつきませんように)と願いも込めて、娘の"半身さん"を入会させていただきました。

教化部より聖使命会員拡大者へ感謝のハガキが送られてきました。その中に5月1日に教化部で開催される祝福祈願祭の案内もあり、自宅からFacebookグループ“大和島根日時計ひろば”のライブ配信を通して参加させていただきました。皆さんで聖経読誦をした後、会場で自分の名前を読み上げていただき、改めて身の引き締まる思いがしました。教化部長の講話も素晴らしかったです。

新年度は入学・就職の時期で、聖使命会員となる絶好のチャンスです。コロナ禍で、今までのような新生活とはいかないかもしれません。でも、そんな時こそ神様とのパイプをつなぎ、家族や親しい方をかけ忘れの無いように聖使命会員になっていただきましょう。

​​『大和島根令和3年6月号』

穏やかな流れ
​私の家族

深野支部 藤原文恵

 

 昨年の誌友会の折、柳光講師が私の携帯にご縁メールが届くように設定して下さいました。おかげで、皆様の信仰生活などを知る事が出来て有難く思っています。素晴らしい文明の発達で、関心を持って勉強して行けば新しい事が覚えられて楽しさが増すだろうなあと羨ましい気持ちです。

 生命学園でお世話になった孫は今年20歳になります。オンライン学習などコロナで家にいる時間が増えました。朝に弱い私がぐずぐず言っていると、「朝からそんなマイナスの言葉を言ってはダメだよ、『人間は神の子無限力』だと生命学園で教わった事を忘れたんかい。」と言います。重たい物の移動をお願いした時も、「これが運べない訳がない、怠けてはいけない、神の子には無限の力があるのだから頑張れ」と言ってから、やってくれます。生命学園に通っていた当時はそわそわしてお話を聞いていない態度で、先生方には申し訳なく思っていましたが、野球が大好きで活躍していた頃も、もしかしてこの思いを持ってやっていたのかもと今になって思います。共に学んだ友達と先生とスタッフの皆さんと懸命に過ごした生命学園でした。子ども達の笑顔を思い出し嬉しく、どうか前向きな人生を送ってほしいと願います。

​​『大和島根令和3年5月号』

野生の花
​誌友さんとのつながりを大切に

城西ちどり支部 長野充子
合掌 ありがとうございます。
 松江に母親教室がまだほとんど開催されていない頃のことです。山本恭子講師より、「長野さん、母親教室のリーダーになって、道場で松江市の若いお母さんを集めて、母親教室を開催して下さい」と頼まれました。
 青年会を卒業した私は、その時、白鳩会に入会しました。何か大きな力に包まれている自分を感じました。白鳩会の皆様の温かい笑顔に励まされて、私は母親教室を開催することにしました。
 早速、支部長さんに聞いて、各地区の若いお母さん宛に、母親教室の案内状と短いお便りを郵送しました。第1回目、道場には思いもかけないたくさんの若いお母さんが集まって下さいました。青年会の時には、いつも一人や二人しか来られなかったのに、白鳩会はすごいなと思いました。一人一人の方が宝物のように思えて、また、同時に責任も感じました。それからは、毎月『大和島根』も一緒に、母親教室のお便りを郵送するのが、私の楽しみになりました。その後、支部長になってからも、仕事などで誌友会に参加できない方や遠方の方には、支部のお便りや行事の案内をずっと続けています、
 四月には浄心行がネットフォーラムで開催されるので、浄心行用紙をお配りして、浄心行を受けたことのない方に大変喜ばれました。また、たまに、電話で近況を聞くと、民宿をやっていた方が、「コロナで閉業し、もうすぐ退職する主人と畑で無農薬の野菜を作り、プレハブを建てて、お店を開店しようと思っています」とか、「庭の半分を畑にしました」とか、嬉しい知らせが入って来ました。
 コロナ禍でも、一人一人の誌友さんが生長の家の生き方をささやかでも実践されていることを思うと、神様に常に護られ生かされていることを感じ、ありがたいと思う今日この頃です。

​​『大和島根令和3年5月号』

春の桜と富士山
​二重光輪賞を拝受して

川跡相愛会  大坪 弘衞

   合掌 ありがとうございます。
 この度は、想いも掛けぬ信徒間の最高賞、二重光輪賞を拝受いたしました。これは偏に山下教化部長はじめ教区役員のみなさまのご推挙と、信徒皆様のご支援、ご協力の賜でございまして、紙上を借りて有難く厚く厚く御礼申し上げます。
 振り返ってみますと約60年前、25歳のころ生長の家に入信したものの、あまり熱心ではありませんでした。
 その間数々の奇蹟を体験したり、感動を覚える事柄に遭遇したり、ご先祖のお守りお導きを頂いたり次第に真剣に真理を勉強し、愛行を行ずるように成らざるを得ないようになった云うのが本音のところでございます。
 まだ八十六歳、体力も気力も衰えは感ぜず九十歳までは車の運転をしながら、100歳までこの素晴らしいみ教えの布教活動に精進する計画ですので、よろしく応援して戴きますようお願い致します。合掌再拝

​​『大和島根令和3年4月号』

ピンクのチューリップ
​西日本光輪賞を拝受して

益田駅前支部 吉川綾子

合掌 ありがとうございます。
 この度は、身に余るお誉めにあずかり、心より感謝申し上げます。生長の家の御教のお陰で今日も生かされ有難いことです。
 戦後、避難民として抑留され伝染病に罹患し、生死に苦しむ時、生長の家の誌友に導かれ、深切な言葉、温かい表現に神様を感じ救われました。その真心は、自分もそうありたいと念願しているところです。
 三十才頃に青年会に入会しましたが、まともに出席する事はわずかで、使命行進曲を歌うだけの時が再々でした。歌の中に人生何の意義ありや、人と生まれて甲斐ありや、神のみ跡をまなびつつ、われ愛行もいそしまん、生命(いのち)きたえていざ起(た)たん、等々それだけでも神様を感じ、希望に燃えたこと、今も鮮明に覚えています。集まる年令もさまざま、職業もさまざま、心意気も勇敢でした。そして、神様とはどんな方なのか、模索した議論も大きな話題でありました。過ぎてみれば、九十年あっという間です。
 今、詳説神想観25頁に「生命の実相と申(もうし)候(そうろう)事(こと)は」その中に 
人間は其儘神の子なりと申すに候 観ずればそれが現わるるものに候 観ぜざれば現わるる事なし さればこそ心を静めて実相を見よ……現象に如何なる悪顕れ候とも何れも神の作り給える実在には無之候間(これなくそうろうあいだ)気にかけずに唯実相円満完全なる相のみを観ずれば結局は円満完全なる実相顕るるものに有之候(これありそうろう)。
 私の感ずる所にみ引き抜き書きました。この言葉を復誦して常に神に向けと書いてあり、愛深い神様を思う時、安らぎを得てよろこびに涙が出ます。実相のみ実在、うなずきうなずき誦えています。これからも皆様のお導きをお願い致しますと共にお礼の言葉と致します。 再拝 

​​『大和島根令和3年4月号』

桜スケッチ
​布教功労賞を拝受して

朝山相愛会 奥井久人

合掌 この度「布教功労賞」受賞の栄誉に浴し、身のひきします思いでございます。これも偏に、教化部長・教区各組織の会長、多くの幹部・信徒の皆様のご高配の賜物と拝し、心から感謝御礼申し上げます。
 昭和60年から15年間教化部職員としてお世話になり、教化部事務局長として、主に地元第一線でご尽力くださる、相愛会長・白鳩会支部長さんや幹部の方々に、少しなりとも活動などの参考になり、お役に立てて頂けるような資料を、と心がけ講習会の推進や聖使命会員拡大の為の“ポケットブック”等々を作らせて頂いたのも良い思い出です。当時は相・白合同の地区総連幹部会で、いつも温かく迎えて下さり、大変お世話になりました。
 また、最近は相愛会の教区の立場で右と似たような事をささやかながら致しております。今後とも信仰の深化に努めるとともに、皆様のご多幸を切に祈念し、受賞の挨拶とさせて頂きます。誠に有り難うございました。再拝 

​​『大和島根令和3年4月号』

バイオレットフラワーブーケ
​布教功労賞を拝受して

大社東支部 桑本和美

合掌 ありがとうございます。
 この度、布教功労賞を拝受させて戴き、誠にありがとうございました。これは偏に山下教化部長を始め、信徒誌友の皆様方の温かいご協力とご支援の賜物と心から感謝申し上げます。
 現在、私が幸福に生活させて頂けるのは、一冊の白鳩誌から生長の家にご縁を頂いたお陰でございます。嫁いで間もなく姑との問題で悩んでいた当時、ポストに入っていた白鳩誌のみ教えの素晴らしさに感動し、又、松江で開催されていた講習会の受講に恵まれ『人間神の子、無限力、病なし』の真理に深く感動し悦びあふれ明るく感謝の生活ができるようになりました。
 その後、白鳩会支部長、地区連長、総連長のお役を務めさせていただきました。平成十一年に地方講師を拝命し、講師会副会長、講師会会長の使命を頂き、山下教化部長のご指導の下、他講師と共に新任地方講師の養成と昇格(教務・準教務)勉強会を重ねて開催し、十数名の方が合格され現在活躍下さっています。誠にありがたいことでした。
 地球温暖化の問題について地球環境に負荷をかけない生き方をとの思いから、数年前からプロジェクト型組織のSNIオーガニック菜園部に入部し、無農薬の有機栽培の野菜作りを楽しんでいます。今、畑では スナップエンドウ等の豆類が少しずつ花を付け、春の到来
を待っています。
 家庭菜園の通して、自然の恵みに感謝し、自然との一体感を深め、神・自然・人間の大調和実現に向けた生き方と、三正行の実践、日時計主義の生き方で喜びの信仰生活と光明化運動に邁進して参ります。今後ともよろしくお願い申し上げます。再拝

​​『大和島根令和3年4月号』

黄水仙
​環境保全・地域貢献優秀賞を拝受して

稗原支部 永瀬治子

 

合掌 ありがとうございます。
 この度は思いもかけず、環境保全・地域貢献優秀賞を賜り、大変恐縮に思いますと共に、これも偏に教化部長をはじめ、沢山の皆様方の御指導、御愛念の賜物と心より感謝申し上げます。
 私は山里の地に生まれ育ち、四季折々の自然の懐の中で草花を摘んだり、木の実を拾ったりした子供の頃の体験が、今の私の原点となっているように思います。今の時代、自然の中で遊ぶ子供達の姿が見られないのはとても残念で、山間地の学校ではもっと自然と触れあう教育をしたら良いのに……、といつも思っていました。そんな私の思いが、うら山の杉、檜を伐採したのを機に実現に向かって動き出しました。地元の有志の方達が学校林を兼ねた森づくりのプロジェクトを立ち上げ、小学生と一緒に植樹をしたり、自然観察をしたり、少しずつ活動の輪が広がっています。大きな森に育つには、まだまだ年月はかかりますが、子供達の歓声が聞こえ、地域の皆様の癒やしの森になればいいなと願っています。
 世界がコロナ禍で大変な事態となっている今こそ、「神・自然・人間は本来一体である」という真理を、体験を通して多くの人に伝えて参りたいと思っております。今後とも御指導よろしくお願い申し上げます。  再拝

​​『大和島根令和3年4月号』

Lotus Flower
​目次様ありがとうございました

松江西支部 山口秀子

令和3年、3月1日(生長の家立教記念日)に目次さんは百歳で天寿を全うされました。愛が溢れ前向きで明るく素晴らしい信仰者でした。

初めての出会いは、平成5年松江西支部の支部長を拝命した時です。思い出されるのは、講習会の受講券を毎回喜んで10枚以上求めて下さり、教区大会も前回まで参加されました。誌友会も大変楽しみにしておられ、都合が悪く開催出来なかった時には、翌月の会の時、「今日をどんなに待ったことか」と心から喜んでくださいました。耳が遠くなっても「誌友会は本当に嬉しい」と。私にとっても最高の喜びでした。

松江道場の行事も積極的に参加され、先祖供養祭の時、きちんと正装され感動しました。いつでも気配りされ、笑顔の目次さんでした。そして最期まで聖使命会員であり、白鳩会員であることを喜びとされていました。

娘さんは他教区で支部長として活躍されており、息子さんも聖使命会員で繋がることになりました。この度、娘さんから母からの遺言で10万円預かっているとのことでした。教化部と松江道場に奉納させて頂きました。美しく、偉大な目次さんに沢山のことを学ばせて頂きました。心から感謝です。ありがとうございました。

生長の家大分・別府地熱発電所.jpg
​自然エネルギー拡大募金に
協力させていただきました!

募金に協力させていただきました!
 生長の家自然エネルギー拡大募金に大分(地熱)に募金させていただきました。京都のメガソーラー発電所に対して一度だけの募金しかした事がありませんでした。今まで多少なりとも人間中心主義の生活である便利さや物質的豊かさを追求して化石燃料を消費するライフスタイルをしておりました。知っているだけではなく、生活スタイルを変えていくことは勿論の事、募金することによって脱原発や地球温暖化の抑制に貢献できることを知りましたので、早速させていただきました。いっぺんに多額はできませんが定期的に募金させていただこうと思います。そしてこの運動を信徒の皆さんにお伝えしていきたいと思います。

(地方講師会よろこびの報告…N講師より)

蘭
百寿信仰の日々

大社東支部 松浦とき子

   大正九年五月生まれ(満百歳)
         
 家を新築した五十歳の頃、疲れが溜まり床に伏せていた時、見舞いに来てくださった近所の地方講師の方から生長の家の信仰の素晴らしさを伝えられ、とても感動し、家族全員聖使命会員となりました。
 間もなく体調が快復し、それからは大社地区や教化部で開催される行事や練成会に多くの方々をお誘いし、参加し続けました。また、総本山や宇治別格本山の練成会にも人様をお誘いし、何度も参加し、ありがたくうれしい素晴らしい日々を送ることができました。
 当時の武中留雄教化部長からは、ありがたくも「七つの灯台の点灯者の神示」を漢文でお書き下さった書を頂戴し、掛け軸に表装しました。また、教化部から感謝状を何回か頂き、ありがたいことでした。
 振り返ってみますと、問題と思われる事があっても、全てが順調に運び整っていきました。常に神様、ご先祖様に護られています事に感謝致しております。
 現在は、毎日朝昼夕、聖経『甘露の法雨』『天使の言葉』を二巻ずつ読誦し、神想観も日に何度も行っています。聖経を誦げていますと、仏前のローソクの灯がゆらゆらと高く上り、ご先祖様が喜んで下さっているのが伝わって来て、ありがたい日々を過ごしております。
 そして、『日時計日記』も一日の出来事や良かった事、うれしかった事等と、一切万事好都合と毎日書き続けています。この教えに導かれ、百寿の今、生かされている事に感謝し、これからも日々精進してまいります。

​​『大和島根令和3年3月』

黄水仙
聖使命会は素晴らしい 
友人の体験より

木次支部  三島征子

 私の友人の体験をお伝えします。昨年十一月末頃に、友人は鳥取に住む長女さん宅へ四,五日の予定で泊まりに行きました。そして、いよいよ木次の自宅へ帰る日の前日に転んで大腿骨を痛めてしまいました。翌日になると、ますます痛くなりましたが、帰りたい一心で予定通り帰宅することになりました。
 当日は、娘さんが駅のホームまで送ってくれ、駅員さんに乗り換え等のことを頼んでくれました。ご存知のように、宍道駅のホームは急な階段を上ったり下ったりしなければなりません。友人は心配しながら宍道駅に着くと、駅員さんが車椅子を持ってホームまで出迎えて下さり、ホームからホームへ最短で行けるように、橋を渡して待っていてくださいました。鳥取駅から宍道駅まで駅員さんが連係プレーによりスムーズに到着出来たと言う事でした。
 その後、宍道駅には、自宅からお嫁さんが車で迎えに出て下さり、無事に帰宅することができました。友人はJRの皆様、そして、家族に大感謝したとのこと。これも全て聖使命会に入らせて頂いているからと、よろこんでの報告でした。

​​『大和島根令和3年3月』

鉢植えピンクの植物
毎月の愛行で 聖使命会復活

神西支部 森 定野
 
 私は、聖使命会員拡大や普及誌拡大の話しを何時も聞いており、心に掛けていました。 昨年6月頃知り合いの方の所へ行きました。この方は以前、聖使命会に入会されておりましたが、都合で退会されました。しかし、その後も、度々お会いして『白鳩誌』を差し上げておりましたところ、ご自分から「いつも『白鳩誌』をもらっているけれど、良いことが書いてあるので購読します」と言われ、年間購読を申し込んで下さいました。
 そして、昨年の12月その方のところへまた行きました。その日もいつもと同じように、私の顔を見るなり、「あなたは何時も元気でいいね」と言って下さいました。そして、「あなたは、生長の家の活動をしておられるから、そんなに元気なんだね」そして、少し後で、「じゃあ、私も聖使命会員にまたなりたいです」と言ってくださいました。その言葉を聞いて、大変うれしく喜びました。
 私は聖使命会費取扱者として、毎月バイクに乗って教化部へ会費を納めに行っておりますが、その方がまた入会された事は、私にとってとても元気に生きる活力と成りました。これからも一人でも多くの人にこの御教えを伝えていこうと思います。

​​『大和島根令和3年3月』

細胞画面のクローズアップ
スマホが私のお友達

 益田駅前支部 吉川綾子

 

 合掌 ありがとうございます。昨年はコロナの為に、それまで私が積極的に参加していいた生長の家の諸行事が全て中止となりました。かわりにスマホでのネットフォーラム。九十代の自分にはもう無理だ、真理のご本を読んでいればいい!!と決め、若い人達からのスマホ購入のすすめにも心が動きませんでした。
 しかし、一人暮らしの私は誌友会にも研修会にも参加出来なくなると、時間が経つにつれてとても寂しく孤独を感じ、ぐっと老いていくように感じました。
 そんな時、「人生の秘訣365章」の272ページの文章にはっとしました。人生に興味がなくなれば老いる、年令は八十代を越えていても何事にも積極的で活動的で前進的な生活を送る者は今なお若い、若さは心の中にある、とこのような内容でした。私はすぐスマホを購入しました。
 私の学生時代は戦時中で敵国の言葉は使ってはならぬとアルファベットを全く習っていません。スマホの勉強に欠かせない横文字にチンプンカンプンですが、負けじとばかり挑戦しました。若い方に何度も教えていただき本当に感謝です。今では面白くなりすっかりスマホとお友達になりました。子供達や友達に「スマホに孤独の相手をしてもらっている」と話すと驚かれます。九十才を過ぎた私にも出来たと思うと本当に人間の無限力を感じます。全ての人に物に事に感謝してこれからも生かさせていただきます。

​​『大和島根令和3年1月』

ピンク色の花
身体の機能の変化に驚き

  幸町 島田 計子

 合掌 ありがとうございます。九十才を過ぎ、脊椎の軟骨が二ヶ所ちびて、腰痛がひどく、膝も痛くて正座も難しく、歩くことも困難でした。もう、光明化運動にも自分は用がないとさみしく思う日々でした。
 三月半ば、講師会から「世界平和」と書かれた「生長の家講習会大成功感謝の聖経・讃歌・万物調和六章経三十三巻読誦表」が送られてきました。日々先祖供養はやっておりましたが、心機一転、一日三回お祈りを始めました。
 神・自然・人間の大調和、講習会大成功、新型コロナウイルス感染拡大の早期終息、島根教区教勢発展、光明化運動に邁進される幹部の皆様を祝福、日本国の政治を司られる政治家の皆様を祝福などなど。『甘露の法雨』は勿論ですが、『大自然讃歌』とその前に書かれている「自然と人間の大調和を観ずる祈り」を読誦させていただいていると、生物、動物、植物、鉱物、宇宙一切のありとしあらゆる物と一体である自分の命が自覚され、大いなる生命に生かされている自分であったと改めて感じ、日々嬉しくてたまらなくなりました。
 気がついてみると膝の痛みはなく、身体の機能がとてもよくなったのを感じ、病院で検査してもらいますと、九十三才にして軟骨が出来てきて、珍しいことだと感心されました。腰の痛みも消え、今では杖なくすいすいと歩け、一人で出かけることも出来ます。寿命はいつまでかわかりませんが、この体験をいただき、今後はすべて神様にお任せして祈りながら生かさせていただきます。
 お会い出来ませんが、昔、共に光明化運動に邁進したお仲間のことを時々思い出しております。ありがとうございます。

 ​(大和島根R2年12月号)

バイオレットフラワーブーケ
聖使命会員につなぐ

 伊波野支部  江角 恭子

 私が聖使命会費取扱者のお世話をさせていただくようになったのは、四十五才の時、仕事を早期退職をしようとしていた頃で、それから二十五年が経ちました。近くの誌友さんが、聖使命のお世話をしてほしいと頼みに来られました。その場に丁度居合わせていた私は、当時膝を痛めて苦しんでいた母を助けたい一心でその場で快諾しました。
 その年から私は母から生長の家を引き継ぎ、活動を始めました。その後、二回も私の不注意から転んで立ち上がることもままらない日々が続いたことがありましたが、誌友さんや主人の協力を得て、何とか乗り越えて今に至っています。
 母から受け継いだ誌友さん宅も、今では半数近くの五軒ほどになりました。昨年の大晦日に亡くなられた誌友さん宅を訪問し、家族の方に新たに聖使命会員へと話しを勧めましたところ、お母様を今までお祀りされていた御霊様と一緒に霊宮聖使命会だけは続けられることになりました。ただ、『大和島根』は引き続き読みたいと言うことでしたので、毎月お届けしています。
 もう一人今年の春の四月頃に亡くなられた誌友さん宅もあり訪問しました。お母様が熱心に誌友会・講習会に足を運んでいただいていた事を話し、意志を引き継いで聖使命会員となっていただくことをお願いしました。すると、快く長男夫婦とお孫さんの3名の方に新たに入会して頂くことができました。今までもお幸せなご家庭でしたが、きっと今まで以上に繁栄される事を確信しています。
 全く新しい方をお誘いすることは私にとっては、至難の業ですが、このように誌友さんのご家族の方に一人でも意志を引き継いで聖使命会員になっていただくのは、とても大切だと思っています。
 聖使命会に入会していると、少し悪いように思える出来事でも、いつの間にか好転して、よい結果となっています。聖使命会費取扱者としてお世話させていただき、幸せな日々にあらためて有りがたいと感謝でいっぱいです。

 ​(大和島根R2年12月号)

生長の家松江道場.jpg
松江道場の神想観と祈りの会

 松江道場総務 山口秀子
 松江道場では、水曜日と金曜日そして7日、17日,27日に開館しています。7のつく日は「実相円満完全」と唱える祈りの会を実修致しております。本人が申し込まれたり、他の人の幸せを願い申し込んでくださいます。100日間、多い時には100名以上の方を1時間ぐらいかけて、祈らせて頂きます。申し込んで下さった方の愛の心と祈らせて頂く私たちの愛の心が神様と波長が合い、悦びの声を沢山頂いております。誠にありがたいことです。
悦びの声を紹介します。
○二年前バイクを運転中転倒された86 歳の男性。その時足が動かず、車椅子の生活になると病院で言われていた。順調にリハビリに励まれ現在は畑仕事をされています。又長年利用され、便利が良いバイクを止めることが出来なかったが、これを機に心の整理ができ止めることが出来て本当に良かったです。(この方は事故に遭う前に聖使命会員になっていらっしゃいました)
○脳梗塞になられた70代の男性。入院生活約を二ヶ月し、現在はすっかり良くなり車の運転ができるし、草刈や庭木の手入れを楽しんでいますとのことです。
○四年ぐらい前に引きこもりと飲酒で心配されていた息子さんでした。お母さんと二人の生活。そして明くる年、田植えをしてくれたと嬉しい連絡があり、その後は勤めに出て行き、酒も飲まれなくなり現在素晴らしい神の子さんとなられました。(お母さんは長い間白鳩会のお役をされ、しっかりと愛行されてました)
○3年前微熱が続き診察結果は膠原病ではないかということでした。そのうち足が痛くなり、歩くことも大変な状態となり苦しい生活となりました。通院しながらもどんどん痛みが消えていき今は、元気になり普通の生活が出来、勤めに出て行けるようになり、感謝の生活をしておられます。
○祈ってもらっていると安心。思いもよらぬ善きことが続いて本当にビックリです。等
次から次へと嬉しい、ありがたいお言葉を頂いています。神様の世界が松江道場からもどんどん広がって愛しあい、支えあい、生かしあいの天国浄土が顕現致します。神さまありがとうございます。​(大和島根R2年12月号)

sirohato2011.jpg
​一冊の白鳩誌に救われて

     出雲市 Aさん

 看護師をしていた22年前第3子出産を期に退職し家庭に入りました。しかし、間もなく義理祖父の足腰が弱り発熱をきっかけに介護生活が始まりました。抱きかかえてポータブルトイレへの移動。夜中は15分〜30分毎にトイレを希望されたり、時に医療的処置をしたりの毎日で寝不足状態でした。さらに子ども達をちゃんと見れないことや家族の協力が少ないことへの不満、私自身の持病悪化への恐れなど感じても、誰かに話す時間も無く夫とも話さなくなりました。
 そんな時ポスト内の「白鳩」に気づきました。なんとなく夜中に読んで内容にビックリしました。私にはとても耐えられないような境遇にありながら生長の家の教えに導かれ立派に乗り越えられた体験談に泣きました。自分の悩みがとてもちっぽけで介護されている義理祖父の方が辛いんだとやっと気づき申し訳ないと思いました。介護させてもらってる、子どもを通して私が育ててもらってる、感謝すべきことにすでに囲まれているのに気づかなかったと感じることができました。
 その日から不思議なことに辛さや不満は消えて体が楽になりました。その約半年後、義理祖父は希望通り自宅で最期を迎えることができました。義理祖父の介護とそのタイミングで「白鳩」が届き生長の家の教えに触れることが出来たこと、大きな財産となって今の私の支えになっています。感謝!

​(大和島根R2年11月号)

ヤシの木
​白鳩ご縁メールより 長男の事故

島根教区白鳩会連合会 島根ご縁メール      ☆№168(匿名)
 毎朝、子どもや孫たちのことを祈り聖経をあげています。昨年7月の朝、聖経読誦が終わると同時に電話が鳴りました。長男が会社で仕事中ブロック塀が脚に落ちて救急車で運ばれたというのです。すぐさま日赤へ駆けつけ、検査の結果を聞きました。すると、どこの骨も折れてないということでした。
 長男の話によると、脚は逆方向に向いていたが、座っていたらゴキッと音がしてもとの位置にもどったというのです。ちょうど、私が聖経をあげていた時です。私は鳥肌が立ちました。神さまに守られていたのだと感じました。
 また、事故の連絡を受けた時、平常心で聞くことができ、それも不思議でした。長男は1ヵ月後には仕事に復帰し、元気で働いております。本当に有難いことです。(大和島根R2年9月号)

風力タービン
自然エネルギー拡大募金によせて

      益田駅前支部 田原ちえ

 自然エネルギー拡大募金に参加させていただくようになってから、もう6年になります。最初は個人的な理由、電力やガソリンなどの使用した際に排出される二酸化炭素の相殺に用いられれば二酸化炭素を出しているという心の負い目が少し軽くなると思ったからです。が、今では募金することで原子力発電所をなくし、自然エネルギーの利用がこれからの未来を明るくするとの思いが強くなり、これからも参加させていただこうと思ってます。(大和島根R2年9月号)