教区機関紙 

大和島根より 

孫の成長を喜び、感謝の日々を生きる

~誌友会に長年参加されているHさん(80歳代)の紹介をします~
 

川跡南支部 鐘築保子
 先日
Hさんから「生長の家にご縁を頂いて長崎の総本山へお参りしたし、色々な所に連れて行ってもらい、人生が好転し、充実していてとてもよかった。ありがとう」と言われました。
 長男のお嫁さんが39才で亡くなられ、当時孫3人。長男小学5年生、次男小学2年生、長女4才。母親教室で学んでこられた褒めて育てる教えを実行され、皆素直に育っていかれました。毎朝起きた時、出かける時、帰った時は必ず御仏壇(母親)に挨拶し手を合わせる事、成績表や賞状、◎(二重丸)を貰った習字などを御仏壇(母親)に報告しお供えする事などを当たり前にお孫さんたちはされていました。次男は友達が多く、Hさん宅での泊まりは何回も。台所も提供。おにぎりはたくさん作ったと言っておられました。
 また、部活動の大会などがあるとあちこち応援に行き、県外にも行かれた事があるとか。孫育てに生き生きと生きてこられ、自然と家中が光明化されました。現在、長男、次男は大学を卒業し社会人です。長女も来年大学を卒業の予定で、今就職活動中と聞いています。
 元々、明るい人だったかもしれませんが、今も朗らかで、回りの人をやさしい雰囲気にさせる人です。私はHさんからいつも幸せを頂いています。

​​『大和島根令和3年6月号』

​新年度、入学、就職、聖使命

城西ピース支部 松本朱美

家族全員聖使命会員に入会し、日々守られていることを感謝いたしております。

今年3月にはそれぞれ入会している学校を無事に卒業した子どもたち。これも、聖使命会員であればこそ、4月から新しく通い始めた学校もすぐに聖使命会に入会しました。そして、今から素晴らしい方とのご縁がありますように(悪い虫がつきませんように)と願いも込めて、娘の"半身さん"を入会させていただきました。

教化部より聖使命会員拡大者へ感謝のハガキが送られてきました。その中に5月1日に教化部で開催される祝福祈願祭の案内もあり、自宅からFacebookグループ“大和島根日時計ひろば”のライブ配信を通して参加させていただきました。皆さんで聖経読誦をした後、会場で自分の名前を読み上げていただき、改めて身の引き締まる思いがしました。教化部長の講話も素晴らしかったです。

新年度は入学・就職の時期で、聖使命会員となる絶好のチャンスです。コロナ禍で、今までのような新生活とはいかないかもしれません。でも、そんな時こそ神様とのパイプをつなぎ、家族や親しい方をかけ忘れの無いように聖使命会員になっていただきましょう。

​​『大和島根令和3年6月号』

​私の家族

深野支部 藤原文恵

 

 昨年の誌友会の折、柳光講師が私の携帯にご縁メールが届くように設定して下さいました。おかげで、皆様の信仰生活などを知る事が出来て有難く思っています。素晴らしい文明の発達で、関心を持って勉強して行けば新しい事が覚えられて楽しさが増すだろうなあと羨ましい気持ちです。

 生命学園でお世話になった孫は今年20歳になります。オンライン学習などコロナで家にいる時間が増えました。朝に弱い私がぐずぐず言っていると、「朝からそんなマイナスの言葉を言ってはダメだよ、『人間は神の子無限力』だと生命学園で教わった事を忘れたんかい。」と言います。重たい物の移動をお願いした時も、「これが運べない訳がない、怠けてはいけない、神の子には無限の力があるのだから頑張れ」と言ってから、やってくれます。生命学園に通っていた当時はそわそわしてお話を聞いていない態度で、先生方には申し訳なく思っていましたが、野球が大好きで活躍していた頃も、もしかしてこの思いを持ってやっていたのかもと今になって思います。共に学んだ友達と先生とスタッフの皆さんと懸命に過ごした生命学園でした。子ども達の笑顔を思い出し嬉しく、どうか前向きな人生を送ってほしいと願います。

​​『大和島根令和3年5月号』

​誌友さんとのつながりを大切に

城西ちどり支部 長野充子
合掌 ありがとうございます。
 松江に母親教室がまだほとんど開催されていない頃のことです。山本恭子講師より、「長野さん、母親教室のリーダーになって、道場で松江市の若いお母さんを集めて、母親教室を開催して下さい」と頼まれました。
 青年会を卒業した私は、その時、白鳩会に入会しました。何か大きな力に包まれている自分を感じました。白鳩会の皆様の温かい笑顔に励まされて、私は母親教室を開催することにしました。
 早速、支部長さんに聞いて、各地区の若いお母さん宛に、母親教室の案内状と短いお便りを郵送しました。第1回目、道場には思いもかけないたくさんの若いお母さんが集まって下さいました。青年会の時には、いつも一人や二人しか来られなかったのに、白鳩会はすごいなと思いました。一人一人の方が宝物のように思えて、また、同時に責任も感じました。それからは、毎月『大和島根』も一緒に、母親教室のお便りを郵送するのが、私の楽しみになりました。その後、支部長になってからも、仕事などで誌友会に参加できない方や遠方の方には、支部のお便りや行事の案内をずっと続けています、
 四月には浄心行がネットフォーラムで開催されるので、浄心行用紙をお配りして、浄心行を受けたことのない方に大変喜ばれました。また、たまに、電話で近況を聞くと、民宿をやっていた方が、「コロナで閉業し、もうすぐ退職する主人と畑で無農薬の野菜を作り、プレハブを建てて、お店を開店しようと思っています」とか、「庭の半分を畑にしました」とか、嬉しい知らせが入って来ました。
 コロナ禍でも、一人一人の誌友さんが生長の家の生き方をささやかでも実践されていることを思うと、神様に常に護られ生かされていることを感じ、ありがたいと思う今日この頃です。

​​『大和島根令和3年5月号』

​二重光輪賞を拝受して

川跡相愛会  大坪 弘衞

   合掌 ありがとうございます。
 この度は、想いも掛けぬ信徒間の最高賞、二重光輪賞を拝受いたしました。これは偏に山下教化部長はじめ教区役員のみなさまのご推挙と、信徒皆様のご支援、ご協力の賜でございまして、紙上を借りて有難く厚く厚く御礼申し上げます。
 振り返ってみますと約60年前、25歳のころ生長の家に入信したものの、あまり熱心ではありませんでした。
 その間数々の奇蹟を体験したり、感動を覚える事柄に遭遇したり、ご先祖のお守りお導きを頂いたり次第に真剣に真理を勉強し、愛行を行ずるように成らざるを得ないようになった云うのが本音のところでございます。
 まだ八十六歳、体力も気力も衰えは感ぜず九十歳までは車の運転をしながら、100歳までこの素晴らしいみ教えの布教活動に精進する計画ですので、よろしく応援して戴きますようお願い致します。合掌再拝

​​『大和島根令和3年4月号』

​西日本光輪賞を拝受して

益田駅前支部 吉川綾子

合掌 ありがとうございます。
 この度は、身に余るお誉めにあずかり、心より感謝申し上げます。生長の家の御教のお陰で今日も生かされ有難いことです。
 戦後、避難民として抑留され伝染病に罹患し、生死に苦しむ時、生長の家の誌友に導かれ、深切な言葉、温かい表現に神様を感じ救われました。その真心は、自分もそうありたいと念願しているところです。
 三十才頃に青年会に入会しましたが、まともに出席する事はわずかで、使命行進曲を歌うだけの時が再々でした。歌の中に人生何の意義ありや、人と生まれて甲斐ありや、神のみ跡をまなびつつ、われ愛行もいそしまん、生命(いのち)きたえていざ起(た)たん、等々それだけでも神様を感じ、希望に燃えたこと、今も鮮明に覚えています。集まる年令もさまざま、職業もさまざま、心意気も勇敢でした。そして、神様とはどんな方なのか、模索した議論も大きな話題でありました。過ぎてみれば、九十年あっという間です。
 今、詳説神想観25頁に「生命の実相と申(もうし)候(そうろう)事(こと)は」その中に 
人間は其儘神の子なりと申すに候 観ずればそれが現わるるものに候 観ぜざれば現わるる事なし さればこそ心を静めて実相を見よ……現象に如何なる悪顕れ候とも何れも神の作り給える実在には無之候間(これなくそうろうあいだ)気にかけずに唯実相円満完全なる相のみを観ずれば結局は円満完全なる実相顕るるものに有之候(これありそうろう)。
 私の感ずる所にみ引き抜き書きました。この言葉を復誦して常に神に向けと書いてあり、愛深い神様を思う時、安らぎを得てよろこびに涙が出ます。実相のみ実在、うなずきうなずき誦えています。これからも皆様のお導きをお願い致しますと共にお礼の言葉と致します。 再拝 

​​『大和島根令和3年4月号』

​布教功労賞を拝受して

朝山相愛会 奥井久人

合掌 この度「布教功労賞」受賞の栄誉に浴し、身のひきします思いでございます。これも偏に、教化部長・教区各組織の会長、多くの幹部・信徒の皆様のご高配の賜物と拝し、心から感謝御礼申し上げます。
 昭和60年から15年間教化部職員としてお世話になり、教化部事務局長として、主に地元第一線でご尽力くださる、相愛会長・白鳩会支部長さんや幹部の方々に、少しなりとも活動などの参考になり、お役に立てて頂けるような資料を、と心がけ講習会の推進や聖使命会員拡大の為の“ポケットブック”等々を作らせて頂いたのも良い思い出です。当時は相・白合同の地区総連幹部会で、いつも温かく迎えて下さり、大変お世話になりました。
 また、最近は相愛会の教区の立場で右と似たような事をささやかながら致しております。今後とも信仰の深化に努めるとともに、皆様のご多幸を切に祈念し、受賞の挨拶とさせて頂きます。誠に有り難うございました。再拝 

​​『大和島根令和3年4月号』

​布教功労賞を拝受して

大社東支部 桑本和美

合掌 ありがとうございます。
 この度、布教功労賞を拝受させて戴き、誠にありがとうございました。これは偏に山下教化部長を始め、信徒誌友の皆様方の温かいご協力とご支援の賜物と心から感謝申し上げます。
 現在、私が幸福に生活させて頂けるのは、一冊の白鳩誌から生長の家にご縁を頂いたお陰でございます。嫁いで間もなく姑との問題で悩んでいた当時、ポストに入っていた白鳩誌のみ教えの素晴らしさに感動し、又、松江で開催されていた講習会の受講に恵まれ『人間神の子、無限力、病なし』の真理に深く感動し悦びあふれ明るく感謝の生活ができるようになりました。
 その後、白鳩会支部長、地区連長、総連長のお役を務めさせていただきました。平成十一年に地方講師を拝命し、講師会副会長、講師会会長の使命を頂き、山下教化部長のご指導の下、他講師と共に新任地方講師の養成と昇格(教務・準教務)勉強会を重ねて開催し、十数名の方が合格され現在活躍下さっています。誠にありがたいことでした。
 地球温暖化の問題について地球環境に負荷をかけない生き方をとの思いから、数年前からプロジェクト型組織のSNIオーガニック菜園部に入部し、無農薬の有機栽培の野菜作りを楽しんでいます。今、畑では スナップエンドウ等の豆類が少しずつ花を付け、春の到来
を待っています。
 家庭菜園の通して、自然の恵みに感謝し、自然との一体感を深め、神・自然・人間の大調和実現に向けた生き方と、三正行の実践、日時計主義の生き方で喜びの信仰生活と光明化運動に邁進して参ります。今後ともよろしくお願い申し上げます。再拝

​​『大和島根令和3年4月号』

​環境保全・地域貢献優秀賞を拝受して

稗原支部 永瀬治子

 

合掌 ありがとうございます。
 この度は思いもかけず、環境保全・地域貢献優秀賞を賜り、大変恐縮に思いますと共に、これも偏に教化部長をはじめ、沢山の皆様方の御指導、御愛念の賜物と心より感謝申し上げます。
 私は山里の地に生まれ育ち、四季折々の自然の懐の中で草花を摘んだり、木の実を拾ったりした子供の頃の体験が、今の私の原点となっているように思います。今の時代、自然の中で遊ぶ子供達の姿が見られないのはとても残念で、山間地の学校ではもっと自然と触れあう教育をしたら良いのに……、といつも思っていました。そんな私の思いが、うら山の杉、檜を伐採したのを機に実現に向かって動き出しました。地元の有志の方達が学校林を兼ねた森づくりのプロジェクトを立ち上げ、小学生と一緒に植樹をしたり、自然観察をしたり、少しずつ活動の輪が広がっています。大きな森に育つには、まだまだ年月はかかりますが、子供達の歓声が聞こえ、地域の皆様の癒やしの森になればいいなと願っています。
 世界がコロナ禍で大変な事態となっている今こそ、「神・自然・人間は本来一体である」という真理を、体験を通して多くの人に伝えて参りたいと思っております。今後とも御指導よろしくお願い申し上げます。  再拝

​​『大和島根令和3年4月号』

​目次様ありがとうございました

松江西支部 山口秀子

令和3年、3月1日(生長の家立教記念日)に目次さんは百歳で天寿を全うされました。愛が溢れ前向きで明るく素晴らしい信仰者でした。

初めての出会いは、平成5年松江西支部の支部長を拝命した時です。思い出されるのは、講習会の受講券を毎回喜んで10枚以上求めて下さり、教区大会も前回まで参加されました。誌友会も大変楽しみにしておられ、都合が悪く開催出来なかった時には、翌月の会の時、「今日をどんなに待ったことか」と心から喜んでくださいました。耳が遠くなっても「誌友会は本当に嬉しい」と。私にとっても最高の喜びでした。

松江道場の行事も積極的に参加され、先祖供養祭の時、きちんと正装され感動しました。いつでも気配りされ、笑顔の目次さんでした。そして最期まで聖使命会員であり、白鳩会員であることを喜びとされていました。

娘さんは他教区で支部長として活躍されており、息子さんも聖使命会員で繋がることになりました。この度、娘さんから母からの遺言で10万円預かっているとのことでした。教化部と松江道場に奉納させて頂きました。美しく、偉大な目次さんに沢山のことを学ばせて頂きました。心から感謝です。ありがとうございました。

​自然エネルギー拡大募金に
協力させていただきました!

募金に協力させていただきました!
 生長の家自然エネルギー拡大募金に大分(地熱)に募金させていただきました。京都のメガソーラー発電所に対して一度だけの募金しかした事がありませんでした。今まで多少なりとも人間中心主義の生活である便利さや物質的豊かさを追求して化石燃料を消費するライフスタイルをしておりました。知っているだけではなく、生活スタイルを変えていくことは勿論の事、募金することによって脱原発や地球温暖化の抑制に貢献できることを知りましたので、早速させていただきました。いっぺんに多額はできませんが定期的に募金させていただこうと思います。そしてこの運動を信徒の皆さんにお伝えしていきたいと思います。

(地方講師会よろこびの報告…N講師より)

百寿信仰の日々

大社東支部 松浦とき子

   大正九年五月生まれ(満百歳)
         
 家を新築した五十歳の頃、疲れが溜まり床に伏せていた時、見舞いに来てくださった近所の地方講師の方から生長の家の信仰の素晴らしさを伝えられ、とても感動し、家族全員聖使命会員となりました。
 間もなく体調が快復し、それからは大社地区や教化部で開催される行事や練成会に多くの方々をお誘いし、参加し続けました。また、総本山や宇治別格本山の練成会にも人様をお誘いし、何度も参加し、ありがたくうれしい素晴らしい日々を送ることができました。
 当時の武中留雄教化部長からは、ありがたくも「七つの灯台の点灯者の神示」を漢文でお書き下さった書を頂戴し、掛け軸に表装しました。また、教化部から感謝状を何回か頂き、ありがたいことでした。
 振り返ってみますと、問題と思われる事があっても、全てが順調に運び整っていきました。常に神様、ご先祖様に護られています事に感謝致しております。
 現在は、毎日朝昼夕、聖経『甘露の法雨』『天使の言葉』を二巻ずつ読誦し、神想観も日に何度も行っています。聖経を誦げていますと、仏前のローソクの灯がゆらゆらと高く上り、ご先祖様が喜んで下さっているのが伝わって来て、ありがたい日々を過ごしております。
 そして、『日時計日記』も一日の出来事や良かった事、うれしかった事等と、一切万事好都合と毎日書き続けています。この教えに導かれ、百寿の今、生かされている事に感謝し、これからも日々精進してまいります。

​​『大和島根令和3年3月』

聖使命会は素晴らしい 
友人の体験より

木次支部  三島征子

 私の友人の体験をお伝えします。昨年十一月末頃に、友人は鳥取に住む長女さん宅へ四,五日の予定で泊まりに行きました。そして、いよいよ木次の自宅へ帰る日の前日に転んで大腿骨を痛めてしまいました。翌日になると、ますます痛くなりましたが、帰りたい一心で予定通り帰宅することになりました。
 当日は、娘さんが駅のホームまで送ってくれ、駅員さんに乗り換え等のことを頼んでくれました。ご存知のように、宍道駅のホームは急な階段を上ったり下ったりしなければなりません。友人は心配しながら宍道駅に着くと、駅員さんが車椅子を持ってホームまで出迎えて下さり、ホームからホームへ最短で行けるように、橋を渡して待っていてくださいました。鳥取駅から宍道駅まで駅員さんが連係プレーによりスムーズに到着出来たと言う事でした。
 その後、宍道駅には、自宅からお嫁さんが車で迎えに出て下さり、無事に帰宅することができました。友人はJRの皆様、そして、家族に大感謝したとのこと。これも全て聖使命会に入らせて頂いているからと、よろこんでの報告でした。

​​『大和島根令和3年3月』

毎月の愛行で 聖使命会復活

神西支部 森 定野
 
 私は、聖使命会員拡大や普及誌拡大の話しを何時も聞いており、心に掛けていました。 昨年6月頃知り合いの方の所へ行きました。この方は以前、聖使命会に入会されておりましたが、都合で退会されました。しかし、その後も、度々お会いして『白鳩誌』を差し上げておりましたところ、ご自分から「いつも『白鳩誌』をもらっているけれど、良いことが書いてあるので購読します」と言われ、年間購読を申し込んで下さいました。
 そして、昨年の12月その方のところへまた行きました。その日もいつもと同じように、私の顔を見るなり、「あなたは何時も元気でいいね」と言って下さいました。そして、「あなたは、生長の家の活動をしておられるから、そんなに元気なんだね」そして、少し後で、「じゃあ、私も聖使命会員にまたなりたいです」と言ってくださいました。その言葉を聞いて、大変うれしく喜びました。
 私は聖使命会費取扱者として、毎月バイクに乗って教化部へ会費を納めに行っておりますが、その方がまた入会された事は、私にとってとても元気に生きる活力と成りました。これからも一人でも多くの人にこの御教えを伝えていこうと思います。

​​『大和島根令和3年3月』

スマホが私のお友達

 益田駅前支部 吉川綾子

 

 合掌 ありがとうございます。昨年はコロナの為に、それまで私が積極的に参加していいた生長の家の諸行事が全て中止となりました。かわりにスマホでのネットフォーラム。九十代の自分にはもう無理だ、真理のご本を読んでいればいい!!と決め、若い人達からのスマホ購入のすすめにも心が動きませんでした。
 しかし、一人暮らしの私は誌友会にも研修会にも参加出来なくなると、時間が経つにつれてとても寂しく孤独を感じ、ぐっと老いていくように感じました。
 そんな時、「人生の秘訣365章」の272ページの文章にはっとしました。人生に興味がなくなれば老いる、年令は八十代を越えていても何事にも積極的で活動的で前進的な生活を送る者は今なお若い、若さは心の中にある、とこのような内容でした。私はすぐスマホを購入しました。
 私の学生時代は戦時中で敵国の言葉は使ってはならぬとアルファベットを全く習っていません。スマホの勉強に欠かせない横文字にチンプンカンプンですが、負けじとばかり挑戦しました。若い方に何度も教えていただき本当に感謝です。今では面白くなりすっかりスマホとお友達になりました。子供達や友達に「スマホに孤独の相手をしてもらっている」と話すと驚かれます。九十才を過ぎた私にも出来たと思うと本当に人間の無限力を感じます。全ての人に物に事に感謝してこれからも生かさせていただきます。

​​『大和島根令和3年1月』

身体の機能の変化に驚き

  幸町 島田 計子

 合掌 ありがとうございます。九十才を過ぎ、脊椎の軟骨が二ヶ所ちびて、腰痛がひどく、膝も痛くて正座も難しく、歩くことも困難でした。もう、光明化運動にも自分は用がないとさみしく思う日々でした。
 三月半ば、講師会から「世界平和」と書かれた「生長の家講習会大成功感謝の聖経・讃歌・万物調和六章経三十三巻読誦表」が送られてきました。日々先祖供養はやっておりましたが、心機一転、一日三回お祈りを始めました。
 神・自然・人間の大調和、講習会大成功、新型コロナウイルス感染拡大の早期終息、島根教区教勢発展、光明化運動に邁進される幹部の皆様を祝福、日本国の政治を司られる政治家の皆様を祝福などなど。『甘露の法雨』は勿論ですが、『大自然讃歌』とその前に書かれている「自然と人間の大調和を観ずる祈り」を読誦させていただいていると、生物、動物、植物、鉱物、宇宙一切のありとしあらゆる物と一体である自分の命が自覚され、大いなる生命に生かされている自分であったと改めて感じ、日々嬉しくてたまらなくなりました。
 気がついてみると膝の痛みはなく、身体の機能がとてもよくなったのを感じ、病院で検査してもらいますと、九十三才にして軟骨が出来てきて、珍しいことだと感心されました。腰の痛みも消え、今では杖なくすいすいと歩け、一人で出かけることも出来ます。寿命はいつまでかわかりませんが、この体験をいただき、今後はすべて神様にお任せして祈りながら生かさせていただきます。
 お会い出来ませんが、昔、共に光明化運動に邁進したお仲間のことを時々思い出しております。ありがとうございます。

 ​(大和島根R2年12月号)

聖使命会員につなぐ

 伊波野支部  江角 恭子

 私が聖使命会費取扱者のお世話をさせていただくようになったのは、四十五才の時、仕事を早期退職をしようとしていた頃で、それから二十五年が経ちました。近くの誌友さんが、聖使命のお世話をしてほしいと頼みに来られました。その場に丁度居合わせていた私は、当時膝を痛めて苦しんでいた母を助けたい一心でその場で快諾しました。
 その年から私は母から生長の家を引き継ぎ、活動を始めました。その後、二回も私の不注意から転んで立ち上がることもままらない日々が続いたことがありましたが、誌友さんや主人の協力を得て、何とか乗り越えて今に至っています。
 母から受け継いだ誌友さん宅も、今では半数近くの五軒ほどになりました。昨年の大晦日に亡くなられた誌友さん宅を訪問し、家族の方に新たに聖使命会員へと話しを勧めましたところ、お母様を今までお祀りされていた御霊様と一緒に霊宮聖使命会だけは続けられることになりました。ただ、『大和島根』は引き続き読みたいと言うことでしたので、毎月お届けしています。
 もう一人今年の春の四月頃に亡くなられた誌友さん宅もあり訪問しました。お母様が熱心に誌友会・講習会に足を運んでいただいていた事を話し、意志を引き継いで聖使命会員となっていただくことをお願いしました。すると、快く長男夫婦とお孫さんの3名の方に新たに入会して頂くことができました。今までもお幸せなご家庭でしたが、きっと今まで以上に繁栄される事を確信しています。
 全く新しい方をお誘いすることは私にとっては、至難の業ですが、このように誌友さんのご家族の方に一人でも意志を引き継いで聖使命会員になっていただくのは、とても大切だと思っています。
 聖使命会に入会していると、少し悪いように思える出来事でも、いつの間にか好転して、よい結果となっています。聖使命会費取扱者としてお世話させていただき、幸せな日々にあらためて有りがたいと感謝でいっぱいです。

 ​(大和島根R2年12月号)

松江道場の神想観と祈りの会

 松江道場総務 山口秀子
 松江道場では、水曜日と金曜日そして7日、17日,27日に開館しています。7のつく日は「実相円満完全」と唱える祈りの会を実修致しております。本人が申し込まれたり、他の人の幸せを願い申し込んでくださいます。100日間、多い時には100名以上の方を1時間ぐらいかけて、祈らせて頂きます。申し込んで下さった方の愛の心と祈らせて頂く私たちの愛の心が神様と波長が合い、悦びの声を沢山頂いております。誠にありがたいことです。
悦びの声を紹介します。
○二年前バイクを運転中転倒された86 歳の男性。その時足が動かず、車椅子の生活になると病院で言われていた。順調にリハビリに励まれ現在は畑仕事をされています。又長年利用され、便利が良いバイクを止めることが出来なかったが、これを機に心の整理ができ止めることが出来て本当に良かったです。(この方は事故に遭う前に聖使命会員になっていらっしゃいました)
○脳梗塞になられた70代の男性。入院生活約を二ヶ月し、現在はすっかり良くなり車の運転ができるし、草刈や庭木の手入れを楽しんでいますとのことです。
○四年ぐらい前に引きこもりと飲酒で心配されていた息子さんでした。お母さんと二人の生活。そして明くる年、田植えをしてくれたと嬉しい連絡があり、その後は勤めに出て行き、酒も飲まれなくなり現在素晴らしい神の子さんとなられました。(お母さんは長い間白鳩会のお役をされ、しっかりと愛行されてました)
○3年前微熱が続き診察結果は膠原病ではないかということでした。そのうち足が痛くなり、歩くことも大変な状態となり苦しい生活となりました。通院しながらもどんどん痛みが消えていき今は、元気になり普通の生活が出来、勤めに出て行けるようになり、感謝の生活をしておられます。
○祈ってもらっていると安心。思いもよらぬ善きことが続いて本当にビックリです。等
次から次へと嬉しい、ありがたいお言葉を頂いています。神様の世界が松江道場からもどんどん広がって愛しあい、支えあい、生かしあいの天国浄土が顕現致します。神さまありがとうございます。​(大和島根R2年12月号)

​一冊の白鳩誌に救われて

     出雲市 Aさん

 看護師をしていた22年前第3子出産を期に退職し家庭に入りました。しかし、間もなく義理祖父の足腰が弱り発熱をきっかけに介護生活が始まりました。抱きかかえてポータブルトイレへの移動。夜中は15分〜30分毎にトイレを希望されたり、時に医療的処置をしたりの毎日で寝不足状態でした。さらに子ども達をちゃんと見れないことや家族の協力が少ないことへの不満、私自身の持病悪化への恐れなど感じても、誰かに話す時間も無く夫とも話さなくなりました。
 そんな時ポスト内の「白鳩」に気づきました。なんとなく夜中に読んで内容にビックリしました。私にはとても耐えられないような境遇にありながら生長の家の教えに導かれ立派に乗り越えられた体験談に泣きました。自分の悩みがとてもちっぽけで介護されている義理祖父の方が辛いんだとやっと気づき申し訳ないと思いました。介護させてもらってる、子どもを通して私が育ててもらってる、感謝すべきことにすでに囲まれているのに気づかなかったと感じることができました。
 その日から不思議なことに辛さや不満は消えて体が楽になりました。その約半年後、義理祖父は希望通り自宅で最期を迎えることができました。義理祖父の介護とそのタイミングで「白鳩」が届き生長の家の教えに触れることが出来たこと、大きな財産となって今の私の支えになっています。感謝!

​(大和島根R2年11月号)

​白鳩ご縁メールより 長男の事故

島根教区白鳩会連合会 島根ご縁メール      ☆№168(匿名)
 毎朝、子どもや孫たちのことを祈り聖経をあげています。昨年7月の朝、聖経読誦が終わると同時に電話が鳴りました。長男が会社で仕事中ブロック塀が脚に落ちて救急車で運ばれたというのです。すぐさま日赤へ駆けつけ、検査の結果を聞きました。すると、どこの骨も折れてないということでした。
 長男の話によると、脚は逆方向に向いていたが、座っていたらゴキッと音がしてもとの位置にもどったというのです。ちょうど、私が聖経をあげていた時です。私は鳥肌が立ちました。神さまに守られていたのだと感じました。
 また、事故の連絡を受けた時、平常心で聞くことができ、それも不思議でした。長男は1ヵ月後には仕事に復帰し、元気で働いております。本当に有難いことです。(大和島根R2年9月号)

自然エネルギー拡大募金によせて

      益田駅前支部 田原ちえ

 自然エネルギー拡大募金に参加させていただくようになってから、もう6年になります。最初は個人的な理由、電力やガソリンなどの使用した際に排出される二酸化炭素の相殺に用いられれば二酸化炭素を出しているという心の負い目が少し軽くなると思ったからです。が、今では募金することで原子力発電所をなくし、自然エネルギーの利用がこれからの未来を明るくするとの思いが強くなり、これからも参加させていただこうと思ってます。(大和島根R2年9月号)