教区機関紙 

大和島根より 

身体の機能の変化に驚き

  幸町 島田 計子

 合掌 ありがとうございます。九十才を過ぎ、脊椎の軟骨が二ヶ所ちびて、腰痛がひどく、膝も痛くて正座も難しく、歩くことも困難でした。もう、光明化運動にも自分は用がないとさみしく思う日々でした。
 三月半ば、講師会から「世界平和」と書かれた「生長の家講習会大成功感謝の聖経・讃歌・万物調和六章経三十三巻読誦表」が送られてきました。日々先祖供養はやっておりましたが、心機一転、一日三回お祈りを始めました。
 神・自然・人間の大調和、講習会大成功、新型コロナウイルス感染拡大の早期終息、島根教区教勢発展、光明化運動に邁進される幹部の皆様を祝福、日本国の政治を司られる政治家の皆様を祝福などなど。『甘露の法雨』は勿論ですが、『大自然讃歌』とその前に書かれている「自然と人間の大調和を観ずる祈り」を読誦させていただいていると、生物、動物、植物、鉱物、宇宙一切のありとしあらゆる物と一体である自分の命が自覚され、大いなる生命に生かされている自分であったと改めて感じ、日々嬉しくてたまらなくなりました。
 気がついてみると膝の痛みはなく、身体の機能がとてもよくなったのを感じ、病院で検査してもらいますと、九十三才にして軟骨が出来てきて、珍しいことだと感心されました。腰の痛みも消え、今では杖なくすいすいと歩け、一人で出かけることも出来ます。寿命はいつまでかわかりませんが、この体験をいただき、今後はすべて神様にお任せして祈りながら生かさせていただきます。
 お会い出来ませんが、昔、共に光明化運動に邁進したお仲間のことを時々思い出しております。ありがとうございます。

 ​(大和島根R2年12月号)

聖使命会員につなぐ

 伊波野支部  江角 恭子

 私が聖使命会費取扱者のお世話をさせていただくようになったのは、四十五才の時、仕事を早期退職をしようとしていた頃で、それから二十五年が経ちました。近くの誌友さんが、聖使命のお世話をしてほしいと頼みに来られました。その場に丁度居合わせていた私は、当時膝を痛めて苦しんでいた母を助けたい一心でその場で快諾しました。
 その年から私は母から生長の家を引き継ぎ、活動を始めました。その後、二回も私の不注意から転んで立ち上がることもままらない日々が続いたことがありましたが、誌友さんや主人の協力を得て、何とか乗り越えて今に至っています。
 母から受け継いだ誌友さん宅も、今では半数近くの五軒ほどになりました。昨年の大晦日に亡くなられた誌友さん宅を訪問し、家族の方に新たに聖使命会員へと話しを勧めましたところ、お母様を今までお祀りされていた御霊様と一緒に霊宮聖使命会だけは続けられることになりました。ただ、『大和島根』は引き続き読みたいと言うことでしたので、毎月お届けしています。
 もう一人今年の春の四月頃に亡くなられた誌友さん宅もあり訪問しました。お母様が熱心に誌友会・講習会に足を運んでいただいていた事を話し、意志を引き継いで聖使命会員となっていただくことをお願いしました。すると、快く長男夫婦とお孫さんの3名の方に新たに入会して頂くことができました。今までもお幸せなご家庭でしたが、きっと今まで以上に繁栄される事を確信しています。
 全く新しい方をお誘いすることは私にとっては、至難の業ですが、このように誌友さんのご家族の方に一人でも意志を引き継いで聖使命会員になっていただくのは、とても大切だと思っています。
 聖使命会に入会していると、少し悪いように思える出来事でも、いつの間にか好転して、よい結果となっています。聖使命会費取扱者としてお世話させていただき、幸せな日々にあらためて有りがたいと感謝でいっぱいです。

 ​(大和島根R2年12月号)

松江道場の神想観と祈りの会

 松江道場総務 山口秀子
 松江道場では、水曜日と金曜日そして7日、17日,27日に開館しています。7のつく日は「実相円満完全」と唱える祈りの会を実修致しております。本人が申し込まれたり、他の人の幸せを願い申し込んでくださいます。100日間、多い時には100名以上の方を1時間ぐらいかけて、祈らせて頂きます。申し込んで下さった方の愛の心と祈らせて頂く私たちの愛の心が神様と波長が合い、悦びの声を沢山頂いております。誠にありがたいことです。
悦びの声を紹介します。
○二年前バイクを運転中転倒された86 歳の男性。その時足が動かず、車椅子の生活になると病院で言われていた。順調にリハビリに励まれ現在は畑仕事をされています。又長年利用され、便利が良いバイクを止めることが出来なかったが、これを機に心の整理ができ止めることが出来て本当に良かったです。(この方は事故に遭う前に聖使命会員になっていらっしゃいました)
○脳梗塞になられた70代の男性。入院生活約を二ヶ月し、現在はすっかり良くなり車の運転ができるし、草刈や庭木の手入れを楽しんでいますとのことです。
○四年ぐらい前に引きこもりと飲酒で心配されていた息子さんでした。お母さんと二人の生活。そして明くる年、田植えをしてくれたと嬉しい連絡があり、その後は勤めに出て行き、酒も飲まれなくなり現在素晴らしい神の子さんとなられました。(お母さんは長い間白鳩会のお役をされ、しっかりと愛行されてました)
○3年前微熱が続き診察結果は膠原病ではないかということでした。そのうち足が痛くなり、歩くことも大変な状態となり苦しい生活となりました。通院しながらもどんどん痛みが消えていき今は、元気になり普通の生活が出来、勤めに出て行けるようになり、感謝の生活をしておられます。
○祈ってもらっていると安心。思いもよらぬ善きことが続いて本当にビックリです。等
次から次へと嬉しい、ありがたいお言葉を頂いています。神様の世界が松江道場からもどんどん広がって愛しあい、支えあい、生かしあいの天国浄土が顕現致します。神さまありがとうございます。
​(大和島根R2年12月号)

​一冊の白鳩誌に救われて

     出雲市 Aさん

 看護師をしていた22年前第3子出産を期に退職し家庭に入りました。しかし、間もなく義理祖父の足腰が弱り発熱をきっかけに介護生活が始まりました。抱きかかえてポータブルトイレへの移動。夜中は15分〜30分毎にトイレを希望されたり、時に医療的処置をしたりの毎日で寝不足状態でした。さらに子ども達をちゃんと見れないことや家族の協力が少ないことへの不満、私自身の持病悪化への恐れなど感じても、誰かに話す時間も無く夫とも話さなくなりました。
 そんな時ポスト内の「白鳩」に気づきました。なんとなく夜中に読んで内容にビックリしました。私にはとても耐えられないような境遇にありながら生長の家の教えに導かれ立派に乗り越えられた体験談に泣きました。自分の悩みがとてもちっぽけで介護されている義理祖父の方が辛いんだとやっと気づき申し訳ないと思いました。介護させてもらってる、子どもを通して私が育ててもらってる、感謝すべきことにすでに囲まれているのに気づかなかったと感じることができました。
 その日から不思議なことに辛さや不満は消えて体が楽になりました。その約半年後、義理祖父は希望通り自宅で最期を迎えることができました。義理祖父の介護とそのタイミングで「白鳩」が届き生長の家の教えに触れることが出来たこと、大きな財産となって今の私の支えになっています。感謝!

​(大和島根R2年11月号)

​白鳩ご縁メールより 長男の事故

島根教区白鳩会連合会 島根ご縁メール      ☆№168(匿名)
 毎朝、子どもや孫たちのことを祈り聖経をあげています。昨年7月の朝、聖経読誦が終わると同時に電話が鳴りました。長男が会社で仕事中ブロック塀が脚に落ちて救急車で運ばれたというのです。すぐさま日赤へ駆けつけ、検査の結果を聞きました。すると、どこの骨も折れてないということでした。
 長男の話によると、脚は逆方向に向いていたが、座っていたらゴキッと音がしてもとの位置にもどったというのです。ちょうど、私が聖経をあげていた時です。私は鳥肌が立ちました。神さまに守られていたのだと感じました。
 また、事故の連絡を受けた時、平常心で聞くことができ、それも不思議でした。長男は1ヵ月後には仕事に復帰し、元気で働いております。本当に有難いことです。(大和島根R2年9月号)

自然エネルギー拡大募金によせて

      益田駅前支部 田原ちえ

 自然エネルギー拡大募金に参加させていただくようになってから、もう6年になります。最初は個人的な理由、電力やガソリンなどの使用した際に排出される二酸化炭素の相殺に用いられれば二酸化炭素を出しているという心の負い目が少し軽くなると思ったからです。が、今では募金することで原子力発電所をなくし、自然エネルギーの利用がこれからの未来を明るくするとの思いが強くなり、これからも参加させていただこうと思ってます。(大和島根R2年9月号)

生長の家にふれて

 
         石見支部 上田 安久里
 私は主人と、長女、次女、長男の3人の子供に恵まれ何に不自由なく過ごしていました。
 ところが、長女が大学入学後、夏休みに帰省中、昼食時の準備をしていた時、不注意から顔面に火傷をしてしまいました。その後、気分が落ち込み、摂食障害となりました。精神内科の先生方と相談しつつ治療に専念していたちょうどその頃、今は亡き白鳩会支部長の三宅スミヨ様より「現象を見ないで…」とご指導をいただき、白鳩誌にもご縁をいただきました。
 また、現在相愛会長の日高善之様のお母様と共に講習会に参加させていただき、特に松江の講習会では、総裁谷口雅宣先生に握手をして頂き、あまりの嬉しさに夢心地の気分で帰宅したことを思い出します。
 また、練成会にも一緒に参加させて頂き、「人間は皆神の子である」との御教えを学び、聖経「甘露の法雨」読誦、浄心行では、心の中にある一切の現象心や想いを神に書いて焼却する行を通して浄められました。
 その後、お陰様で長女は伴侶を与えて頂き、現在二人の子供にも恵まれ、聖使命会員に入会させて頂き、幸せに過ごしています。 
 また、長男の神の子半身も聖使命会に入会させていただいていましたが、日々神想観や先祖供養も実行して、『日時計日記』には「息子に良き伴侶を得ました」と記入していたところ、最近息子に素晴らしい伴侶が与えられました。しかも、十月には神の子さんも授かることがわかりました。 
 私は仕事も主人の手助けを受けつつ、続けることが出来ました。このように心が折れずここまでこられた事は、生長の家の御教えのお蔭があればこそと、只々感謝する日々です。(大和島根令和2年8月号)

孫娘に良縁

 
           益田駅前支部 吉川 綾子
 二人の孫娘に半身を聖使命会に入会したのです。それから、四から五ヶ月後の事、その孫娘が両親に「友達が家に行きたい」と言うので、都合の良い日は?と連絡して来たそうです。平素音信が無いので訪問者が男性とは想像外で、言葉の用意もなく青年の一言一言に心を注いだと、両親は言うのです。
 この孫娘は植物が好きで農業も関心があり、東京農大を卒業し、一時イチゴ農園に下宿し働いた事もあります。平素からおしゃれもそこそこで華やかでなく。独立性はあると見ていましたが静かな娘です。家にいる時も結婚の話題はなかったので親にとっては、まさかの出来事驚くばかり、その青年は孫娘より「二才年下で次男です。結婚を前提にお付き合いさせて下さい」と言って帰って行ったと言うことです。しばらく立ち、去年の暮れに「私達は入籍しました」と立派な報告書が届いて、二度目のびっくりで両親との面会を急いだと言うのです。
 神様はあまりにも早く全てに御配慮下さり嬉しい限りであります。今度は家族が増えました。「よろしく」と三度目のびっくりを私は待っているところです。切なる願いは必ず叶えられるとありますが。その通りになって毎日が感謝です。(大和島根令和2年7月号)

勝部治良さん発刊 

  『出雲神話の里山を歩く  樹医が語る 森とひと』         
 前号の大和島根で紹介しましたように、勝部治良さんは長年保護司として社会に貢献され、この春藍綬褒章を受章されましたが、勝部さんは、平成元年12月から昨年3月まで出雲市の樹医としても約30年間活躍され、地元の緑化事業や森林保全に大きく貢献されました。この度、出雲市の樹医センター閉所に伴い、樹医として歩まれた記録をまとめた『出雲神話の里山を歩く 樹医が語る 森とひと』を6月に発刊されました。
 ページを開くと、最初に“生長の家は「大調和の真理」をさらに広く世界に宣布するとともに、……”と谷口雅宣総裁先生の言葉が書かれています。樹医として活動された記録や詳細な論文の他に、栄える会の育林活動も記され、多岐にわたる活動成果を知ることができます。そして、勝部さんの専門知識の深さは勿論、篤い信仰姿勢と温厚な人柄をあらためて感じることができます。
 この冊子をご希望の方は、教化部へご連絡ください。

 

更生保護と御教え

        保護司 勝部治良(神門相愛会)

 約三十年近い刑事犯対象者に対するボランティア活動の源泉は、“人間の社会活動は本当に紙一重の差で明暗が具現化する”という悲喜混(こん)淆(こう)世相の苦(く)悶(もん)でした。
 昭和の後半から平成にかけて少年事件、特にいじめ、非行、そして登校拒否でした。家庭の事情が原因する中学生、高校生の罪は悲しい限りです。
 逮捕され、拘置、家裁、少年院、刑務所等、最も大事な時期の出来事は『更生』という言葉で済まされません。以後平成十四、五年がピークで今日段階では漸減傾向が続いています。
 その間二、三十名の対象者と面接、会話、相談、進路(就職案内)等、保護司として対応できたことは、“御教えの生活理念が自分に内在していたから”だと深く感謝しております。
 笑顔で『ありがとう』という若人の言葉は、罪の世界から解放された、それこそ人間神の子実相顕現の“証(あかし)”でした。
 世情は変遷して最近は再犯事件(五十才以上の男性)中年女性を中心とする覚醒剤事件が増えつつありますが………。
 光明面を観て暗黒面を実在と思わず、辛抱強く対象者の闇を明るい方向に転換していく努力をしていくところです。
 今日、世界的に“コロナ感染ウイルス被害”は人間社会の再構築を迫られています。地球上の生命体それぞれが共生できるように私たち人間も競争優先、物欲意識から共存信仰へと少しずつ、それぞれの立場で行動しようではありませんんか!!

(大和島根令和2年7月号より)

「写経の功徳は素晴らしい」

 出雲東第一支部   小田原貴子
〜聖経『甘露の法雨』は小さくは個人の病いを癒し、大きくは国家・世界の大病をも癒すことができるのである〜
 私は、祖母から両親、そして私へと、生長の家の御教にふれさせていただき、倖せに包まれた生活を送っています。しかし、昨年末からの新型コロナウイルス感染症に、不安や悲しみを感じるところです。
 父は、去年9月に他界しました。たまたま4月22日に父のカバンの整理をすると、宇治別格本山の写経の案内が手に触れ、上記の一文が目にとまりました。「これだ」と思い、今、私がなすべき事を父が示してくれたのではと、喜びが湧いてきました。私は宇治で研修生として過ごさせていただいた事もあり、その際に幽斎殿での写経もしました。今ここに、倖せに過ごす事が出来るのは、その時の自分があるからこそです。
 谷口雅春先生は、写経の功徳を末一稲荷神社社殿地鎮祭祝詞により示されています。今私達が出来る事は三正行はもとより、神様の御前に座して、心深く、平和(新型コロナウイルス感染症平癒)を願う時、写経の功徳を思わずにはいられない気持ちになりました。こんな時にこそ、皆様と宇宙を通じて結ばれる事を望みます。
 私は今、小学5年生の孫や84歳の母と写経をしています。外出を控えたこの時間を大切にしたいと思っています。

<写経奉納金>
 全項目 五千円
 一項目 千円

<写経の心得>
・ 写経はその時の心が最も大切ですから、心を浄め室内を整えてから始めてください。
・ 奉納されます写経は10年間奉安されますので、毛筆にて謹書してください。
・ 文字の上手、下手は問題ではありません。感謝の心で謹書してください。
※写経をご希望の方は、教化部へご連絡ください。写経用紙をお送りいたします。写経の封筒の中には、写経用紙の他、書き方の説明書が入っています。写経を書かれましたら、宇治別格本山へ郵送してください。宇治別格本山において、「写経祝福祈念」実修ののち、毎年12月上旬に「写経奉安式」を執り行い、写経奉安礼拝殿にて10年間奉安し、毎日聖経読誦を行われます。

(大和島根令和2年6月号より)

観世音菩薩の息子

  古志原支部 長瀬迪子
 私は現在九十一才余りでございますが、たった1人の息子を四月十六日、難病の多系統萎縮症で亡くしました。65年の人生でした。健康な時は、自分の思う様に生き、大学を出て就職、結婚、そして、離婚、一人身、発病、死。私は姑から自然に導かれた生長の家の教えに支えられ、何とか心身壊れもせず生きて来ました。
 平成25年の発病より日が経つにつれ彼の病は徐々に重くなり、身動きが全く不可能となり言葉も発することが出来なくなりました。しかし、頭脳、目、耳は正常であり、これでは生ける屍ではないか、彼の心を思うと私は、頭がおかしくなりそうでした。
 ところが、不思議な事に東京で闘病生活をしていた息子を身内が見舞ったメールには必ず、「顔色よく穏やかな表情で笑顔あり」と、必ず来る死を覚悟している表情ではなかったよう。「茶色の瞳が透き通り佛様の様な表情」と云うメールもありました。
 講師の方々は、「彼は魂の高い処にいるので案外楽に生きているのでしょう」と、私はひたすらその言葉に縋(すが)っていた矢先の訃報、エッ?何故でした。
 日が経つにつれて悲しさは波の様に押し寄せますが、彼が病に臥ってからの数々の奇跡は、誌友の方達をも含めた必死のお祈りを神様はちゃんと叶えて下さったのです。
 3月末には息子を見舞うことができましたが、折しもコロナウイルスの真っ直中、私は息子の荼毘(だび)に立ち会うことはできませんでした。大阪にいる妹が東京へ行ってくれました。彼は無事身を清めて頂き、斎場では、ワイシャツ、ネクタイ、スーツをかけてお洒落をし、お花を沢山入れてもらって荼毘に付され、四人の方にお骨上げをして頂いたそうです。
 妹は、感染防止のため脱兎の如く帰阪し、二週間の禁足。お骨も大阪に預かってもらい、私は仮葬儀と法事を松江で行いました。妹の希望で、私のスマホの電話をオンにして、読経を流したら、大阪の妹のスマホに見事に届いたそうです。
 生長の家の御教えの凄さと、息子の病、死によって本当の教えの入り口にたどりつけ、彼が菩薩である事を知らされました。お陰信仰は吹っ飛び、本当の扉をほんの少し開ける事が出来た様な気がしました。

(大和島根令和2年6月号より)

聖使命菩薩誕生 ~昨夏から10名聖使命会入会~

 四絡南支部 遠藤瑳紀子

只今猛威を奮っている新型コロナウィルスも、最初は他山の石的に思っていたのですが、いよいよ島根にも感染者が出ました。3月からはほぼ全ての行事が中止や延期になり、一刻も早い終息を祈念致します。
 私は昨年8月から今年2月の間に10名の方が聖使命会へ入会して下さいました。最初の二人は御夫婦で、数年前から普及誌を持って行っては、御教えや体験談、雑談等をして帰っていました。昨夏、奥さんの急激なる病状悪化から、それまで口元まで出ていた入会の件を、もう遠慮している場合ではないと強力に勧め、即入会してもらいました。 入会後、御本人達はもとより勧めた私も「あれよ、あれよ。」と思う間にドンドン良くなられ、大変感謝されました。これはもとより、私などの力では全くなく、生長の家の真理が如何に素晴らしいかを改めて実感させていただきました。
 後、8名は、昨年から誌友会に参加して下さっているAさんが、家族全員入会して下さいました。「毎月誌友会に参加して色々学ばさせてもらっていると、自分はすごく迷う方で、占いやその方面の本が大好きだったけど、そんな物は必要なくなった。『甘露の法雨』を誦げると心が落ち着くので、誦げないと気持ちが悪い」と言われます。一家中が入会して下さり、責任の重さを感ずると共に、神様と太いパイプで結ばれ、幸せになられる事まちがいなしと感ずる次第です。
 日々の生活の中で、少々何かが起ころうとも、「必ず良くなる!乗り越えられない問題は与えられない!必ず守って下さる!」と大安心出来るのは、やはり聖使命に入らせていただいているお陰だど確信致します。
 今、台所の牛乳ビンの中には、桃の花の添えで差した菜の花が一本、一ヶ月半以上も凜とした姿で存在価値を示しています。奇跡の一本松の様に。ぼたんやバラでなくても菜の花の様な○○さんでも大丈夫だよ。地道に頑張りなさい!と背中を押してもらっている気がします。

(大和島根令和2年5月号より)

『いのちの環』4月号(№121)に紹介されました

●美のステージ(10~12頁)
音楽は私の喜び、人とその喜びを共有したい 
  久多美相愛会 常松秀清さん

   
  ※写真『いのちの環』4月号より
 防音装置が施された自宅の音楽室で、愛用するコルネットを吹く常松さん。
    柔らかい音色が耳に心地よく響く

『白鳩』4月号(№121)に紹介されました

●地域のサポーターを訪ねて
 温かく、笑顔があふれる母親教室
 城西ピース支部 岸本雅子さん

   
 
※写真『白鳩』4月号より
取材の日は、ちょうど西村世紀子白鳩会連合会長の出講となりました。
参加者の皆さんの笑顔が素敵ですね!益々のご活躍をお祈りいたします。

布教功労賞を拝受して

  緑ケ丘支部 水津英子

合掌 ありがとうございます。
 この度、布教功労賞の連絡をいただいた時、まさに青天の霹靂でした。これも偏に歴代の教化部長をはじめ沢山の皆様方のご指導とご支援の賜物でございます。心から感謝申し上げます。
 生長の家にご縁を頂きましたのは、結婚して大阪に住んでいた昭和50年一冊の白鳩誌を頂き、御教えの素晴らしさに感動し、自ら聖経『甘露の法雨』を求めました。その後、家族で聖使命会員に入会致しました。主人の故郷益田に帰ってきたのが、約31年前。その後、豊内講師の勧めで「益田ひまわり母親教室」の初代リーダーを拝命しました。先輩の講師の方からは「生長の家はハイですよ」と教えられ、与えられたお役を「拝」と受けさせて頂きました。
 色々な課題も頂きました。次女は8ヶ月の時1450gで産まれ70日の入院の後、退院しましたが、肺炎にもなり命の危機に直面した時、神様に全托し尊い生命をいただくことが出来ました。主人が大病を患った時も無事社会復帰が出来ました。
 色々な問題に直面する度に生長の家の御教えで乗り越えて参りました。初心に帰り三正行の実践、日時計主義、倫理的な低炭素の生活を心がけ、「人間神の子」「神・自然・人間は本来一体である」この素晴らしい真理をお伝えして参ります。今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。再拝

(大和島根令和2年4月号より)

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